朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加




地下鉄の入り口近くで、涙のせいで顔をぐしゃぐしゃにしたそのが、立ち止まっていた。


ゆっくり答え合わせをするかのように胸の内を聞いたら、蘭子が言っていた「アシスタントとして」何もできていなかった自分に負い目を持っていたことを、改めて知る。

こいつが傷つかないように守りたくて、講じた策がまさかすれ違いの原因になるとは思わなかった。



「………那津さんと、働きたい、です。」

「…はやく言えよ馬鹿。」


丸い瞳を真っ赤にして告げられた言葉を合図に、
その を自分の胸元に引き寄せて抱き締めた。

小さく震える体で懸命に、俺にしがみつくみたいな力で両手を背中に回してくるこいつが、ずっと愛しかった。



「私、那津さんのデザインだけじゃなくて、
言葉も全部、ファンだったんですね。」


何故かお蔵入りされた筈のラフの画像をスマホに映して、嬉しそうに笑う女に溜息が漏れる。

あの夫婦は、一体どうなってる。


恥を重ねている気がして顔が歪む俺を他所に、優しく蕾が開くみたいに微笑むそのを見ていたら力が抜けた。

俺の気持ちを漸く伝えれば、顔を真っ赤にして、だけど真っ直ぐこちらを見つめて「好きだ」ときごちなく答える女は、またぽろぽろと涙で頬を濡らす。



「おはようさえ、うまく言えなくなった私の代わりに、依織が毎日”その”って呼んで、起こしに来てくれるのが、嬉しくて、いつも待ってた……、」


なんだ、それ。

お前、俺がどんだけ頑張って
毎朝起きてたか分かってんのか。

狸寝入りに気づかなかった自分は笑えたけど、
「嬉しかったから」なんて理由を携えて毎日待っていたことへの愛しさが何倍も勝るから、やはり俺はとっくにこいつへの感情に、参ってしまっている。
 


「…毎日完璧な自分じゃなくて良い。

俺が言って、お前がそれに応えようとして、
朝から怖い思いをまたさせんの嫌だと思ったら
言えなかったけど。

元気な”おはよう”ばっかりじゃなくて良いから。

前みたいに、俺も朝一番に
お前の"おはよう"、聞きたい。」


蘭子の言ってたことは、結局、
正しかったように思う。


"那津さんの作品が、
私は純粋に凄く楽しみなんです。

ずっと待ってます。"


そう言ってくれたこいつに、俺はずっと、
自分の言葉を伝えたかった。


早く俺の家に来いと、気持ちを確かめたところなのにそんな風に告げてしまう自分には、もう余裕は無い。


「なんならウインナーもタコにして出しますけど。」

「…それはちょっと、
依織が急にしてきたら、怖いかもしれない。」

「ふざけんな、お前が言ったんだろうが。」


出来損ないの引越しによる特典を突き出したら、ふわりと表情を安心しきったように綻ばせるその の唇に自分のものを重ねた。


「色々目まぐるしくて着いていけない」と、ちゃんと応えながらも顔を真っ赤にして伝えてくるこいつのことは、もう2度と離せないなと、確かな予感と共に再び抱き締めた。
 
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