花を愛でる。
「っ……」
強引に腕を掴まれ、部屋の奥へ連れ込まれる。ベッドがある寝室に脚を踏み入れると乱暴にその上に私を突き放す。
視界に映る天井に一瞬何が起こったのか理解するのに時間が掛かった。だけどそこに彼の顔が見えた瞬間、慌てて身体を起こす。
が、しかし。
「俺たちっていつからそういう仲になったっけ?」
「……」
ベッドに乗り上げてきた社長と至近距離で目が合う。
私はその怒りを含んだ瞳に言葉を失う。
「人のプライベートに土足で上がり込んでくる仲だった?」
「それは、」
「俺と“田崎さん”は一会社の代表取締役とその秘書で、俺と“花”は……」
そっと伸ばされたその手が触れたのは私が掛けている眼鏡の淵だった。
「一時の快楽を共にする仲、でしょ」
彼の手によって眼鏡が外されそうになった時、ぞわっと背筋が凍った。
仕事時は外すことのない眼鏡はプライベートの時の私とを分ける一枚の壁だった。その壁を取り外していいのは私だけだった。
無理矢理越えてきてほしくない、その思いから顔を背けると彼の手が離れ、同時に社長がふっと笑みを漏らした。
「ほら、花だって俺に踏み込まれたくない部分があるくせに」
「っ……」
「君は俺の秘書だけど、だからって俺と同じ世界にいるわけじゃない。こっちの世界ではこっちの住民にしか分からないことがある。それを理解しようなんて、到底出来るはずがないんだよ」
これが最終忠告だと言わんばかりに、彼は以前よりも私を強く突き放す。
それほど彼の身の内の話は触れてはいけないということなのかもしれない。
本人が嫌がることならば私は引くべきなのかもしれない。
前の私ならそう、考えるのは普通だった。
でも、
「理解、は出来ないかもしれません。でも……問題解決に尽力することは出来ます」
「……」
「私だって何もなければこんなこと言いません。でも見えるところで問題が発生しているのに、上司の業務に支障が出ているのに、無視なんて出来ません」