花を愛でる。
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パソコンの電源を落とし、一息を吐く。オフィスの壁に掛かっている時計を確認すると会社を出るのに丁度いい時間になっていた。
帰る準備をして秘書課を出るとエレベーターホールに向かう途中、「おーい」と向こうから大きく手を振って近付いてくる人物が見えて、思わず身構えてしまった。
「田崎―、元気か? というか今から帰りか? 定時過ぎてんのに社長秘書は大変だなー」
「篠田くん……私が質問に答える前に会話を進めないで」
「ごめんごめん」
悪びれる様子もなく、謝罪の言葉を重ねる篠田くんに溜息が出る。
もしかしたら今日で一番疲れが溜まる時間が訪れてしまったかもしれない。
彼は「もう帰り?」とエレベーターが到着するのを待っている私の隣に並んだ。
「時間も丁度いいし、折角会えたし飯でも行かね?」
「あー、ごめん。今日はちょっと……」
「マジかよー。田崎に振られるの、何気にショックなんだけど!」
「ご、ごめん。また時間作るから」
ね?と励ますと篠田くんは唇を尖らせて「絶対だぞ」と念押ししてくる。
「はあ、振られたことだし、仕事終わらせてくるか」
「篠田くんが残業なんて珍しいね」
「うるさいね、俺が不真面目って言いたいの?」
別にそういうことではないんだけど、そう言い訳する前に彼は私に別れを告げてそそくさと何処かへと逃げてしまった。
そんなに食事を断られたのがショックだったんだろうか。今度必ず時間を作って私から誘おうと心に誓う。
そう、どうしても今日は外せない用事があるのだ。
ビルのエントランスを抜けると丁度入口から真っすぐに目を向けたところに黒いスーツに身を包んだ男性が立っている。彼は一昨日も同じ位置に立っていた人で、その時は異様な存在界に驚いたものだ。
私は簡単に会釈をすると彼はこちらへと脚を進める。
そして、
「お待ちしておりました、田崎様。車を止めておりますのでこちらへ」
「……はい」
宜しくお願いしますと私は彼の後ろについて歩き出した。