花を愛でる。



一つ間違えれば取り乱してしまいそうになるところを抑え込み、そう発するとスマホ越しに黛会長の「そうだな」という淡々とした相槌を打った。


≪だが結果的に父親の跡を継いだのは兄の吉野さんだ。二人の間に何があったのかは知らんが、それ以降は特に悪い噂は聞かんな≫

「……」


早乙女さんの話によると社長は学生の頃から自分専用のアトリエを持っており、そこでガラス工芸を勤しんでいた。
そんな大切な場所を勝手に壊された。もし自分の大事なものが知らないところでそんなことになってしまったら。その時の彼の気持ちを思うと胸が苦しくなった。

黛会長はもう一つの理由を続けた。


≪あとはアレだな……アイツの母親が亡くなったことだ≫

「早くに亡くされたと聞いていますが」

≪アレにガラス工芸を教えたのは母親だ。向坂家において、遊馬の唯一の後ろ盾であったと言っても過言ではない。そんな存在をなくせば確実に遊馬は自分の望む道を選択できなくなる≫


そうか、つまり彼にとってガラス工芸は母親の形見のようなものなのか。私にくれたあのグラスも、もしかしたら彼と母親の記憶が詰まった品なのかもしれない。
一通り話して満足したのか、黛会長は呆れたような溜息を一つ零した。


≪と言ってもそこから挽回する機会はいくらでもあった。何度も言うが、行動に起こさなかったのは遊馬自身だ≫

「……」

≪今度こそアイツは拒絶するかもしれない。それでもやるか?≫


私は勢いよく立ち上がり、鞄の紐を掴んだ。今すぐに向かわなければならないところがどこだか分かったからだ。
答えは、聞かれなくてもずっと決まっていた。


「勿論です」


私の心も、決まった。



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