花を愛でる。



「ちょ……」

「……」


彼の頭を掴むとゆっくりと自分の方へ抱き寄せる。腰を曲げるような体勢になった彼は一瞬何起こったのか、理解できていない様子だった。
あぁ、こうして自分から彼に触れるのはきっと、この部屋に初めて訪れたあの日以来。

暫くの間私の胸に抱かれていた社長は「はあ」と重たい溜息を吐く。


「俺、こう見えてももう30超えたおじさんなんだけど。なんで年下の女の子に慰められてるんだろう」

「……全部、聞きました」

「……」


嘘、全部じゃない。今日ここで彼の言葉で全てを知る。
私の背中に腕を回した彼はゆっくりとその顔を持ち上げた。


「俺は大丈夫だよ、花が思っているよりもずっとね」

「……」

「その顔は信用してないって顔だね」


彼から手を離すと互い向き合うように立つ。不安げな表情で彼を見上げれば、「なんて顔してるの」と嘲笑された。


「誰から聞いたのか知らないけど……そっか、知っちゃったか」

「……社長はこのままでいいんですか? 家に縛られて、自分の好きなことも出来ない不自由なままでも」

「いや、俺は自由にさせてもらってるよ。この道を選んだのだって俺自身だしね」

「でも未練ありますよね」

「……あると言えばあるけどね」


だったら、と私が話す前に被せるように遮られた。


「でもね、花が思っているよりもこっちの世界は複雑でね。出来れば巻き込みたくないんだよ」

「そうやって、早乙女さんのことも遠ざけていたんですか?」

「雛子は……まあちょっと違うけど」


この人は自分が相手を遠ざけることによって疎外感を与えていることを分かっている。分かっていながらもそうせざる得ない理由があってそうしている。
さっきから気持ちをぶつけても、彼の中にある芯には全く触れていないのが分かる。私が何を投げかけても動じていない。

彼は緩く立っているはずなのに、黛会長を前にしたときと同じような圧力を感じる。
今すぐここから逃げ出したい。もう一度体勢を直したい。勢いでここに来てしまったことを深く後悔する。


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