花を愛でる。
花を弄する。
兄は弟の俺から見ても完璧な人物で、俺の支えなんて最初から必要がないと感じていた。
向坂家で育ったということもあって厳格な父親から教育を受けていた俺は次第に自分がこの家に相応しくない為人をしていることに幼いながらも気付いた。
屋敷に閉じ籠って勉学に励むくらいなら山に出て野鳥を観察するのが好きだった。父について社交界に顔を出すくらいなら、絵を描いている方が好きだった。
将来自分が勤務する事業のことを知るよりも、新しい何かを創り出すことが好きだった。
本当にあの父親に息子なのかと疑ってしまうくらいに俺に向坂は合っていなかった。
だけど次男ということもあって兄ほど重圧的な期待は寄せられていなかった。兄は常に厳しい父親の期待に応え続けた。俺が見えているところで彼は何かを失敗した姿を見せることはほとんどなかった。
しかし俺がまだ中学生の頃、屋敷の廊下を歩いていると父親の書斎から彼の大きな怒号が聞こえ、それと同時に中から兄が飛び出してきたのを目撃したことがある。
父から罵声を浴びせられた兄は一瞬俺と目が合うと、悲痛に顔を歪めて反対へと走り去っていった。
あとを追いかけると彼は中庭が見えるテラスに立っていた。
遠くからその背中を眺めていると俺が追いかけてくると分かっていたのか、こちらを振り返り「遊馬」と名前を呼んだ。