花を愛でる。
「見てた?」
「……うん」
「そうか」
彼の隣に並んだが父と何があったのか、聞く勇気はなかった。父に逆らったことのない兄が彼と喧嘩をするとは滅多にない出来事で、俺もなんと声を掛ければいいか分からなかった。
それなのに先ほどと違って兄の纏う空気は柔らかかった。
「遊馬は将来どんな大人になりたい?」
不意に質問に「えっと」と口吃る。
「なんて、まだ分からないよな」
「……」
「でもさ、遊馬は自分がなりたいものになっていいから。家の縛りなんか気になんかしなくていい」
家の縛りを感じていたのは、誰よりも兄の方だったんだ。
それなのにこんなときまで俺に気を遣って、俺がこの家にいることの心配をしてくれている。
俺はずっとこの人に守られてこの家で過ごしてきた。
『遊馬は将来どんな大人になりたい?』
俺は、兄のような大人になりたい。彼のような他人を思いやれる人になりたい。
自分よりも弱い立場の人間を守れる人になりたい。
だから初めてあの子に、雛子に出会ったとき兄とのことを思い出していた。
「(この子は俺と一緒だ。俺自身だ……)」
絵を描くのが好きで将来は漫画家になりたいという雛子。彼女の父親もやり手だと聞くし、娘をただの漫画家にするような人ではないのだろう。
この子もいつか親から真っ向に夢を反対される瞬間が訪れる。
こんな幼い子が同じような目に遭うところを見たくはないな。
だから少しでも俺が優しくすることで彼女を守れたらいい。
そう思っていても、やはりこの家は“何か”がおかしいのだ。
「お前の婚約者の早乙女雛子さんだ」