花を愛でる。



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「……」


朝になって、彼の顔を眺めていると些細な変化に気付いた私はそっと頬に手を伸ばす。


「泣いてる……?」


うっすらと零れた一粒の涙を見逃しはしなかった。それから窓の外に視線を向けると真っ白な寝室に日の光が注がれていた。
この部屋で一夜を開けるのは何度目だろう。だけど寝ること以外の何もしなかったのは昨晩が初めてだったと思う。


「(温かい……)」


指先に触れた彼の涙。彼は今どんな夢を見ているんだろう。彼を苦しめる、そんな夢じゃありませんように。
昨日、少しだけ吐露してくれた早乙女さんへの気持ち。彼女を遠ざけていたわけ、それは二人の婚約を破棄して彼女を自由にするためだった。

でも早乙女さんは彼を家の縛りから救おうと必死になっていた。
二人とも、お互いのことも思いやりすぎてすれ違っていたんだ。


「似た者同士だなあ……」


なんだか朝から失恋した気分だ。





その日から、私と社長に間に日常的な会話が少しずつ増えていた。私としては早速彼が目標としていた事業を行うことを彼の父やお兄さんに認めてもらえるように動くべきだと思ったけれど、最初に彼から言い渡されたのは「少しだけ待っていてほしい」という言葉だった。


「俺の方でも少し準備することがあるからさ。周りに迷惑を掛けた分、少しでも確証がある方法で戦いたいでしょ」

「……」

「なに? もしかして俺が今更怖気ついてるとでも思ってる?」


思っているわけではないが、今までの彼のこと思い出すと本当は改めて父やお兄さんと向き合うのは怖いことなのではないかと思った。
そんな私の不安を、彼は笑い声で一掃した。


「大丈夫だよ、腹は括った。それに、もしものことがあれば一緒に落ちてきてくれる頼りがいのある秘書も一緒だしね?」

「っ……」


揶揄わないでください!、と言えば社長は乾いた笑いを漏らす。しかしその姿にいつも通りの日常が返ってきたのだと安心する。
でも戦いはここからなのだ。過去に否定されたものをどうやって認めてもらえるのか。その道を彼と探さなくてはならない。


「大丈夫、その時が来たら花にも手伝ってもらうから」


そう言って社長室のデスクに軽く腰を掛けた彼が口元を歪ませた。何かよくないことを考えていることだけは分かった。



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