花を愛でる。
「無駄足って、もしかして心配でもしてくれた?」
「あのような電話を掛けてこられたら誰でも心配するんじゃないでしょうか」
「演技上手かった? この歳から俳優になっても人気出るかな……」
この人なら大勢の女性がファンになりそう……じゃなくて、そんなことを考えてる暇はない。
あの苦しい気に助けを求めている声は私をおびき寄せる為の彼の演技だったのだ。
「俺だってこういう手は使いたくなかったけど、でも酷いのは花の方だと思うよ?」
「は?」
「俺の誘いは断っておいて、他の男とは飲みに行っちゃうんだから」
彼の手が私の髪の毛に伸び、後ろで結んであった髪の束を掌で払う。
どうしてこの人がそのことを知っているんだろう。まさか会社中に情報網を張っているんじゃなかろうか。
「煙草、花吸ったっけ?」
「っ……」
そういえば、店で荒木さんが吸っていたような。煙草の匂いが移っていたなんて。
あからさまに動揺を示した私に彼の目からスッと光が消える。そして彼は「どうぞ?」と玄関の扉を開き、中に入るよう私に促した。
彼から放たれるただならぬ圧迫感に何も言えず、その指示に従うことしか出来ない。
「言っておきますが、今日は前にお世話になった方々と食事をしていただけです」
「知ってるよ。だから疲れてるんじゃないかと思ってさ」
「……」
「もう“それ”、取っていいんじゃないか?」
人前にいるときの私の武装を取り払おうとする彼に拒否反応を示すと「猫みたい」と彼が喉で笑った。
「その匂い、嫌いだから早く取ってきて」
暗にシャワーを浴びるようにと伝えてくる彼。そんな彼に“秘書”でない一面も見せている私。
彼は特別を作らない。誰に対しても同じ感情を向け、そして深く愛情を注ぎ込む。
そんな彼だから安心して抱かれる。何度身体を重ねても、私たちの間には何も残らないから。
だから私は彼を利用する。自分の中の、女性としての欲求を満たすために。
それだけの為に。
「何故私を抱くんですか?」