花を愛でる。
「あぁ、断りましたよ。こっちに損害はないでしょうし」
向こうから見て死角になる一から様子を伺っていると社長が敬語を使っている。
年配の男性の顔は確認できないが会話の内容とここにいることから考えるにきっと……
「(社長の父親……?)」
彼の父が重い溜息を吐いたのを見て私の体が強張る。
「良かったのか。今となっては早乙女も立派なグループに成長しただろう。コネクションとして持っていても損はないんじゃないか?」
「向こうには損しかないでしょう。それよりも俺は……」
「あの娘か」
「……」
彼は「分かっているんですね」と、
「雛子は小さい頃から知っています。だからこそ、彼女の気持ちを尊重したい」
「そんな人が良くてこの先やっていけるのか」
「はは、心配してくれるんですか」
社長や黛会長に聞いていたのとは違って、彼の父親の声の柔らかさに驚く。とても厳しい人だと聞いていたから。
それに今の言葉、もしかして彼はもう……
「ありがとうございました、交渉に応じてくれて。折角家族水入らずの場だったのに兄さんも時間が取れず残念です」
「ふん、この家のものじゃなくなった時点でうちの会社には不要だ」
「はは、その言葉を引き出すのに時間掛かりましたよ。最悪強行突破を図ろうかと思っていましたし」
社長の言葉に呆れた様子の父親は「勝手にしろ」と、
「二度と俺の前に顔を見せるな。向坂の名も名乗るんじゃない」
「……はい、分かりました」
「……お前に期待した俺が馬鹿だった」
そう言い残して父親は私の方へと歩いてくる。息を殺し、廊下に佇んでいると丁度彼が私の隣を通り過ぎる。
彼の横側は凛々しく、それでいて視線は真っすぐに伸びている。なかなか折れそうにない人ということはその瞬間だけでも垣間見られた。
今の会話、社長は父親を説得したということ?
その背中を目で追いながら二人の会話を頭の中で反復させていると、
「花?」
「っ……」
「出てきていいよ」