花を愛でる。



反対の方向から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、恐る恐る振り返るとガラス越しに社長と目が合った。
完全に向こうからは死角だったはずなのに、いつから私の存在に気付いていたんだろう。

彼の元に姿を現すと腕を組んだ社長が片足に体重を掛けながら私のことを凝視していた。


「なんでここにいるのかな?」

「……黛会長に居場所を聞いて」

「はあ、アイツは一体なんなの?」


それは私も聞きたいのですが。黛兄弟もここに来ていることも告げると「じゃあ後で合流しないとね」と面倒くさそうに彼は呟いた。
そんなことより私は先ほどの会話の方が気になって仕方がないのだが。

尋ねていいものかと悩んでいるとそれを見兼ねた彼が自ら「あーあ」と、


「これで俺も勘当か。案外犠牲は大きかったな」

「社長……」

「こういうことって現実にあるんだなーって。小説とか漫画の世界だけだと思っていたよ」


彼の思い通りになったと言っても、本当のことを言えば家族の繋がりを切るという選択肢は出来れば取りたくなかったはずだ。
どれだけ父親が厳しい人だったとしても、兄弟との関係が複雑であったとしても、彼にとっては唯一無二の家族なのだから。

社長にとってどの選択が一番幸せになれたんだろう。


「そんな悲しそうな顔しないで。花のせいじゃないからさ」

「……」

「俺が一人になっても花が傍にいてくれるんでしょ?」


甘く囁かれた言葉に首を横に振ると、彼は「え?」と意外そうな表情を浮かべた。


「私だけじゃなくて、他にも社長のことを大事に思っている人は沢山います」

「……そういうことか」


私だけじゃなくて、早乙女さんや黛さん、黛会長の力がなかったらここまでは来られなかった。
私は本当に彼のことを支える、秘書の仕事が出来ていたのだろうか。


「花、ありがとう。帰ろうか」

「……はい」


もっとこの人の役に立ちたいのに、私は彼の為に一体何が出来るんだろう。



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