花を愛でる。



考えてみれば私は自分の夢を諦めなければならない理由にばかり目が行き過ぎて、叶えるための策を考えなどしなかった。
結局どれも家の事情がと言い訳を口にして、大した努力もまだ何もしていない。

最初から、諦めていたんだ。


「将来、自分がどんな大人になっていたいか」

「私は……」

「なんて、少し格好つけすぎたかな」


ごめんね、なんて。全然悪気のない表情をして、彼は私の隣を抜けていく。
今思えば、あれは私に対する助言なのではなく、彼の独白だったのかもしれない。

そう、だから私は選択した。多少無理をしてでも自分が後悔しない選択を。
成績に支障がない短期のアルバイトでお金を貯め、二年目から秘書課程を受ける為に申し込みをした。
他の生徒よりも一年間の遅れを取っていたが、どれだけ厳しくても学部の授業と秘書課程の講義の両立に精を出した。

そのお陰で私は特待生であることを保ちながら、無事に全ての講義の単位を取り終え、目標だった上級秘書士の資格を取ることが出来た。


「(あの時選択をしていなければ、私は何もせずに自分の夢を諦めていた……)」


一年前、秘書課への異動が決まって一番喜んでくれたのはずっと近くで私の努力を見守っていてくれた母親だった。
その時、私の夢が叶うことこそが彼女への最上級の恩返しになることに気が付いた。

名前も言わずに去ったあの男性に、いつか会えたらあの言葉を掛けてくれたことに感謝を告げたいとずっと思っていた。


「……」


社長を探す私のその脚は戸惑うことなく前に進んでいた。ホテルの庭園を歩き、大きな噴水の前に辿り着く。
青白い月の光に照らされた彼の姿がそこにはあった。

社長、そう呼び掛けると彼がゆっくりとこちらを振り返る。

あぁ、やっぱり……


「(貴方だったんですね……)」


あの時の男性は。


「あれ、思ってたより早かったな」

「……ご兄弟似ていると思いますよ」

「あ、なるほどね」


社長は私の前までくると悩まし気な声を漏らしながら頭を掻いた。


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