花を愛でる。
「いえ、それを言うのであれば私も社長のことを利用してしまったところがあるのでお互い様だと思います」
「俺利用されてた?」
「はい、何にとは言えませんが」
この人の立場を上手く扱えば自分の評価が上がる。この人の傍にいれば枯れていた自分の欲も満たされる。利害が一致した関係だとばかり昔は考えていた。
だけど今はそうじゃない。私は彼との関係を簡単な言葉で一括りに出来るようなものにしたくはない。
「会社を辞めると聞きました。ご退任おめでとうございます」
「ありがとう。改めて週明けに会社に通達が行くと思う。それで俺の最後に仕事が終わる」
「……」
「今日は新しく設立する会社の起業発表も兼ねている。日本の工芸品を世界にも届ける仕事をするんだ。と言っても社員はまだ俺一人だけどね」
これから彼を待つのは茨の道だ。向坂の名前を捨てて、自分の身一つで戦わなければいけない。
この人はもう新しいステージに進んだんだ。私はその手伝いを少しでもできたのだろうか。
目の奥に込み上げてくる感情が表に出ないように制御するのに一杯一杯で、私はそのことにうんともすんとも反応が出来なかった。
そんな私を見兼ねてクスリと喉を鳴らして笑うと夜の澄んだ空気を一度軽く吸い込んだ。
そして、
「花」
ゆっくりと吐き出す。
「君には俺についてきてもらいたい。俺の右腕として……そして、生涯のパートナーとして」
差し出された右手に私は開いた口が塞がらなくなる。
が、次の瞬間彼の言葉の意味を理解し、「え」と短く戸惑いの声が漏れた。
「私……え、パートナーって……」
「あれ、まどろっこしい言い方をしたかな? 俺の恋人になってほしいって意味なんだけど」
「っ……」
頭がこんがらがっている。こんなことってあるのだろうか。
目の前に立つ彼の表情は自信に満ち溢れていて、動揺している私の反応をどこか楽しんでいるようにも見えた。