花を愛でる。
だけど、迷う理由なんて一つも……
「私、世間一般から見て美人とは言えないと思いますが」
「華はないよね。眼鏡を外して髪も下ろしたらどうだろう。まあ俺は花みたいなガードが堅いのも好きだけど」
「よく表情が怖いと言われますが」
「じゃあ花が沢山笑えるように俺も努力する」
「……私と付き合っても面白くないですよ」
「俺は花といるときが一番楽しいよ」
自分の秘書という立場とか、彼が背負っているものだとか、その全てを抜きにして。
私自身がこの人といたいという気持ちがあるのなら、この手を取らないという選択はない。
「他には? 何かある?」
「……」
「それよりも、“花がいい”って言った方が早いかな?」
「っ……」
後悔のない選択、出来るのは自分だけ。
「分かりました。そこまで言うのであれば傍で支えさせていただきます。今後もよろしくお願いします」
「はは、花ってどこまでも堅いよね」
差し出された手に自分の右手を重ねる。彼の手に触れた瞬間、その温度で漸く今が現実なのだと実感できた。
「出来ればこうする方が恋人っぽくていいなあ」
「わっ、」
繋いだ手を自分の方へ引き寄せ、私の体を抱き止める彼。突然近くなった距離に驚きを隠せず、顔を上げると至近距離で彼と目が合った。
あ、と思ったときには彼の顔がぐっと近づいたのを見て思わず手を顔の前に出す。
「ま、待ってください! ここでは誰が見ているか分かりませんし」
「でも早く前のキスの記憶を塗り替えておきたくてさ」
「え?」
いつのことだ、と考えている内に触れるだけのキスが唇に落とされる。少し離れて顔を見合わせると、今度も自然と唇を重ねていた。
今日はきっと、二人にとっての新たなスタートの日になる。それを祝福するようなキスだななんて、普段の私らしくないことを考えてしまった。
「それじゃあこれからも公私ともに俺のことを隣で支えてね」
「……」
こうして私たちの社長と秘書の関係が、一度目の終わりを告げた。