花を愛でる。
花を誘う。
私が経理部から秘書課に異動になったのは会社に入社して6年目のことだった。元から秘書課希望だったこともあり、異動が決まった時は嬉しく思ったし、事情を知っている周りの同僚も祝ってくれた。
「初めまして、田崎花さん。今日からよろしくね」
初めて担当する人が会社の代表取締役ということ以外は順風満帆に思えた。
初対面の向坂社長は想像していたよりも柔らかい笑い方をするんだと知った。
「とりあえず最初はこんな感じかな。他の業務は追々身につけていってくれたらいいから。他に質問は?」
「……あの」
異動初日に社長室で業務内容の詳細を伺った際、純粋な疑問を彼にぶつけた。
「何故私なのですか? 社長の秘書なら経験豊富な方が担当された方がよいのではないかと」
異動されて一年目の私を起用する理由はどれだけ考えても理解が出来なかった。
噂でうちの社長は風変りな人だとは聞いていたけれど、流石にここまでとは予想外だ。
彼は私の質問に「真面目だね」と感心した様子で、
「それを聞いて君が納得できるような答えは持ち合わせていないけど、それでも聞きたい?」
「……仕事をする上で大事になってくると思うので」
自分がどうして必要とされているのか。それを理解した上で仕事をするのとしないのとでは大きな違いが自分の中であった。
しかし彼から返ってきた答えは想像の遥か斜め上を行った。
「そろそろけじめをつけないとなって思ったから」
「……はい?」
「ごめんね、そんな理由で。でも信頼はしてるから。よろしく」
こうして私の念願の秘書生活が幕を開けたのだった。