花を愛でる。
社長、改め遊馬さんの苗字が変わって今日で半年。私たちは今一緒に暮らし、そして二人で会社を営んでいる。
彼が学生の頃から夢だった日本の伝統工芸を発展させる仕事をしている。大学や企業でセミナーを行い伝統工芸品に興味を持つ人を増やす他に、伝統の技術が学べる小学生向けのイベントの企画など、様々な面で活躍している。
私はそんな彼を支え、そして会社の経理などを担当している。前の会社に入社して暫くの間経理部で働いていた経験が身に付いていたお陰だ。
「アトリエの様子どうでした?」
「うん、順調そう。デザイン通りに出来上がってきてるよ。写真撮ったからは花も見せるよ」
九州の佐賀県に建設予定のガラス工房。彼が学生の頃に断念した夢の一つである。
それがあと少しで形になろうとしている。そう思うと、自然とリビングに向かう足取りが軽くなった。
さて、彼にもらったこのバラは今度どこに飾ろうか。
そんなことを考えていると不意に後ろから腕が周り、いつの間にか彼の腕の中に閉じ込められていた。
「な、なんですか?」
「ん? なんでもない。花気に入った?」
「……まあ、嫌いではないので」
母が私に付けてくれた名前。初めて赤ちゃんの私を見た時、まるで花のつぼみが咲いて現れた女の子のように可愛かったから、と名前の由来を聞いたことをある。
それを知った時、笑うことが苦手だった私はどこか自分の名前にコンプレックスを感じていた。こんな可憐で可愛らしい名前、私のような地味な女には似合わない。
だけど最近になって、そのように考えることも少なくなってきた。
「アトリエが出来たら早乙女さんも招待しましょう。デザインの設計、手伝っていただきましたし」
「うん、そうなるともしかして恭一も呼ばなきゃ駄目?」
「それは……黛さんと一緒に」
彼とこうして何もかまえることもなく話せる日が来るとは、出会った当初は考えてもいなかった。
だけど今日のこの日は、私があの日から幾度と選択を繰り返し掴んだ未来だ。
「ふふ、」
「……笑ってる、花」
「だって……」
幸せで。
そう呟けば、「俺も」と囁いた彼のキスが落ちてくる。
この先の未来も、貴方が隣にいてくれたら間違わない。
私が、私たちが望む最上の選択を、二人で選び続ける。
もう一人じゃないから。
リビングの棚、彼の作った色鮮やかなガラス工芸と一緒に飾られている写真立の笑顔の二人がいるかぎり、ずっと。