花を愛でる。
そのまま家に帰る気になれず、途中で見つけた隠れ家的なバーに脚を踏み入れた。
バーのカウンター席でグラスに垂れる水滴を眺めている私は自己喪失感で一杯になっていた。
正直なことを言うと感情がぐちゃぐちゃすぎて何から手を付けて整理したらいいか分からない。元彼の連絡先はスマホから抹消し、今後一切関わらないことを心に決めた。
そういう意味ではうちの社長は女遊びは激しいものの、結婚しているわけでも恋人がいるわけでもないからまだマシだったのかもしれない。
いや、恋人はいるかもしれないのか? プライベートに口を挟まないように心掛けてからは彼のことを深くまで詮索しようとしていないから私が知らないだけでいるのかも。
でも今回のことで尚更、責任感のない男性への苦手意識が高まった。
「(何も考えずに会った私も悪かった……)」
そういう意味では私も社長とそう変わらない。比較にはならないかもしれないが。
今私の中にあるのは虚無感だ。何に対しても気持ちが入らない。せめて仕事までには整理を付けたいのだが。
はあと溜息を吐くと私の前に新しいカクテルが運ばれてきた。
「え、私まだ何も頼んでいません」
「これはお隣のお客様からです」
「隣?」
バーのスタッフの言葉に横を向くと社長と同じくらいの歳の男性が座っている。
私の視線に気付いたのか、こちらを向いたその人が目を細めて笑う。
「こんばんは。少し元気がないように見えて」
「あ、すみません。えっと、これは」
「俺のお勧めです、よかったら」
バーに入るのはこれが初めてだったので、実際にもこんなドラマのようなことが起こるのかと戸惑っていると「良かったら一緒に飲んでもいいですか?」と誘われる。
彼も一人で来ているらしく、話し相手もいなかったので一緒に飲むくらいならと頷くと彼は私の隣の席に移動した。