花を愛でる。



「これ、俺の名刺です。よかったら」

「え、ええ」


ありがとうございます、と受け取り確認すると役職のところにCEOと記載されており、「え」と顔を上げる。
爽やかで細身の男性はどうやらこの若さで一会社の社長だそうだ。

どこか既視感を覚えるプロフィールに思わず顔を凝視してしまう。
すると彼が不思議そうに首を傾げた。


「あれ、もう悲しそうな顔してないね」

「あ、あれは……少し感傷に浸っていただけで別に……」


と、私は何を勝手に関係のない人に自分の話をしようとしているんだろう。
ただ身体に含んだアルコールと彼が醸し出している柔らかい雰囲気と余裕のある態度に口が勝手に滑りそうになってしまう。


「よかったらこれ呑んでみて? 俺のおすすめなんだ」

「これは……」

「ロングアイランド・アイスティーって名前のカクテル。甘くて飲みやすいと思うよ」


今までバーに来る機会がなかったので名前も見た目も初めてのカクテルだ。しかしアイスティーのような見た目と男の口車に乗せられて私はグラスに手を伸ばしてしまった。
警戒をしながらゆっくりとカクテルを口に含む。すると本当に紅茶のようなフルーティーな味わいが口に広がって驚いた。


「これ、美味しい」

「でしょ? 甘くて飲みやすいから女の子におすすめ。他にもいろいろとあるんだけど」


まろやかな甘みのカクテルに自然と警戒心がほぐれていく。ついでになんだか意識もほわほわしてきた。
あぁ、でも今日はもうお酒に溺れるのも一つの手かもしれない。何も考えられないぐらい酔い潰れて、今まであったこと全部忘れて、最初からリセットし直したい。

それができたらどれだけ楽だろうか。


「さっき初めて見た時から綺麗な子だなって思ってたんだ。そんな子が寂しそうにしてたから声を掛けずにはいられなくて」

「……」


元彼によって空いた穴を、私は誰かに埋めてほしかったのかもしれない。


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