花を愛でる。
と、
「お待たせ」
急に肩を引かれたと思うと人の体温が肌に触れる。こんな時間に私は誰とも待ち合わせなんかしていなかったはず。
肩を抱いている人物を見上げた私は思わず「え、」と言葉を漏らした。
「(しゃ、社長!?)」
そこに立っていたのはスーツを着た向坂社長だった。
思いがけない出会いに私は一瞬言葉が出てこなくなる。
「ごめんね、時間掛かっちゃって。寂しかったでしょ」
「(しかも普通に話し掛けてくる……)」
アルコールに侵されていた思考もあっという間に覚醒した。
すると社長の突然の登場に私と話していた男性は困惑した様子で口を開く。
「知り合い?」
「え、ええ。一応……」
「……」
すると彼は何事もなかったかのように立ち上がると爽やかな笑みを浮かべて手を振った。
「知り合いが来たならよかった。じゃあ俺はこれで……」
「え、あの……」
「まだどこかで会う機会があれば~」
そう言って店の奥に引っ込んでいってしまった彼に口が空いたまま呆れてしまう。
いきなり近くに寄ってきたと思ったら一体何だったんだ。
「思ったより早く引くなあ。そこらへん弁えてるのかな」
そう言って私の隣の席に腰を下ろした社長のことを思い出すと「あの」と、
「ど、どうしてこんなところに?」
「ここ、俺に行きつけ。田崎さんこそ一人でバーにいるなんてイメージに合わないよね」
「それは……」
今までの経緯を思い出すと苦い記憶が蘇りそうになり、思わず返答を濁す。
彼はカウンターに置いてあった先ほどの男性の名刺を手に取ると名前と役職、そして裏面に書いてある会社の連絡先にまで目を通した。
「こういうところあんまり来ないんだったら気を付けなよ。さっきみたいな男一杯いるから」
「さっきって……とてもご親切そうに見えましたが」
「ご親切ねえ。こんな度数高いお酒飲ませといて」