花を愛でる。



何事もなかったように腕を振り払うと「さよなら」と寝室の出口へと向かう。
すると部屋を出る前に男が「じゃあね~」とこちらに向かって腕を振っているのが見えた。

何処までもいい加減な男だ。足早に部屋を出るとそのまま男のマンションをあとにした。
マンションのエントランスを抜けて改めて建物に目を向ける。最上階を見え上げるには体を反らなければいけないほどの高級タワーマンション。今までその最上階の部屋にいたのだと思うと不思議な気持ちだ。

いつまで身体だけの関係の男の部屋に、私は脚を運び続けるのだろう。
踵を返し、駅の方向で脚を向けると私の行く先に高級タクシーが止まっているのが見えた。車の前に立つ運転手が私に向かって頭を下げたのを見て嫌な気を覚える。


「(まさか……)」


再度マンションの最上階に目を向ける。あの後私がエントランスに着くまでに車を呼んでいたとしたらとんでもない男だ。
本当、何考えているのか分からない。分かりたいとも思わないけど。私は想いを振り切るようにしてタクシーへと脚を進めた。





2時間後、パンツスーツに身を包んだ私は肩の下まで伸びた髪を後ろで一つに括り、都内のオフィスビルに出勤していた。
出勤するなり、様々なところから声が掛かり、朝の忙しなさを感じさせる。


「田崎さん、ここなんですが」

「分かりました、あとで確認してまた連絡します」

「先ほど藤堂さまから明日の会議の時間を変更してほしいとのことで」

「午後なら空いていると伝えていただいてもかまいません」

「田崎さん、……」


スケジュール管理、電話対応、来客対応に会議書類の準備・確認まで。仕事内容な膨大であるがその分やりがいを感じられる仕事だと思っている。
そんな私の仕事は秘書、それもこのビル全体を纏める代表取締役の秘書だ。

あまりの忙しさからプライベートに余裕が持てなくなり、久々に会った大学の同級生からは「顔が死んでいる」とまで言われてしまったことを思い出しては心を痛める。こんなに仕事が多ければ表情筋は死ぬのも仕方がないと言える。
それにまだこの忙しさはマシな方だ。そろそろ“彼”が出勤してくる。それまでに……


「おはよう」


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