花を愛でる。
シャツの襟繰りを掴み、自分の方に引き寄せると薄い紅の色をした彼の唇を塞ぐ。
予想だにしていなかったのか、彼は初めて見せる驚いた表情を浮かべた。
「慰めてくれるの?」
唇を離した隙間から、彼がそう消えるような声で囁いた。
「貴方のようになんの柵もなく生きられたらどんなに楽なんだろうと」
「俺が楽に生きているように見える?」
「いえ、でも自分を大事にしている人は」
そんな寂しそうな目をしていないだろう。そんな彼に「自分を大事にしろ」と言われても説得力がないのだ。
私を抱いたところで彼にメリットは残らない。しかしその逆は? 私には一体何が残る?
固定概念に雁字搦めになっていた心が、少しだけ解れるような気がした。
「田崎さん、女の顔になってる」
「っ……」
「そっか、もう今は田崎さんじゃないのか」
その言葉でいつの間にか、自分が秘書の殻を捨てていることに気が付いた。
私の頬に手を添えた彼はその肌にゆっくりと指を這わせる。
「君はその壁を乗り越えてくるような人じゃないと思っていたけど、やっぱり決めつけはよくないな。俺が考えていたよりも君は面白いし興味深い」
私の首に顔を埋めた彼が見えないところでほくそ笑んでいるのが空気の揺れで伝わった。
「”花”はどんな顔を見せてくれる?」
少しの間だけ女でいることを許してもらえるのなら、元恋人のような男じゃなくてもっと価値のある男に愛されたい。
彼の中に私が残らないのなら、その立場を存分に利用してやる。
そうしたらきっと、私はまた「秘書」の仮面を被って生きていける。
これはその為に息抜きに過ぎない。
「(愛も好きも、ここにはない……)」
意味のない行為だからこそ許される。
「けじめ、つけようと思ったのになあ」
彼の零した言葉の意味も、私は理解せずに彼に抱かれた。