花を愛でる。

花を愛でる。



田崎花(たさき はな)、28歳。向坂グループ会社の一つ、T/Sホールディングス株式会社に勤めるしがないOL。
入社から5年のあいだ経理部に属し、昨年末念願の秘書課に異動を受けて今に至る。

そしてその私が担当しているのが、


「それではあとは例の事業の結果次第ということで」


そう呟くと彼の前に立っていた男性の肩が一気に落ちた気配がした。


「今後はそちらの会議にも顔を出す予定なので。色々と顔が利くので有利になるのではと」

「それは大変助かりますが……」

「勿論僕の時間も無限ではありません。大丈夫ですよ、ただの親の七光りでこの立場に立っているわけではないので」


出た、牽制。ぶわっと吹き出した汗が顔に垂れる彼よりも20は年上の男性社員。この会社での立場はそれなりに上の人間のようだが、その様子は見る影もない。
それもそうか。社長は笑顔だけど明らかに怒っているのが目に見えて分かる。

向坂社長は「下がりなさい」と告げると興味が失せたように近くにあった資料を引き寄せ確認する。その隙に男性はかしこまった態度のまま部屋を後にした。
社長室の扉が閉まる音が部屋に響き渡ると彼は手に持っていた書類をテーブルの上に置いて、天井を見上げ息を吐く。


「田崎さん、珈琲頼める?」

「かしこまりました」


少々お待ちください、と社長室から出るとピリついた空気から解放されて深く息を吸い込んだ。

先ほどこの部屋を出ていった男性はこの会社の傘下にある子会社の代表取締役。今回彼に呼び出されたのは事業の失敗から取引会社からの契約破棄が相次いだからだ。それどころからその事実を隠蔽し、売上内容も偽造していた。
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