花を愛でる。
香水の香り? なるほど、接待ってそういうこと。
別に彼を責めるわけではないけれど、女性と一緒に過ごした後私のところへやってくるのは客観的に考えてどうなんだろう。
「(って、どうして私がモヤモヤしないと駄目なの……)」
寝起きで思考がおかしくなっているのかもしれない。ベッドサイドの小テーブルに置いてあった眼鏡を手に取ると耳に掛ける。
視界がクリアになったことで完全に頭が仕事モードへと移り変わった私に社長が顔をニヤつかせながら話し掛けてくる。
「スイートルームは堪能した? なかなかこういう経験できないでしょ」
「それ、私のこと小馬鹿にしていますよね」
確かにこういう機会じゃないとスイートルームで一晩を過ごす経験なんて出来なかったのは確かではあるが。
「俺と結婚したら一生こんな風に豪遊させてあげるけど、どう?」
「……」
昨晩のパーティーで頼りになる姿を見ていた分、まるであの出来事が夢だったかのように感じさせる発言を残念に思う。
せめてずっと格好つけていてくれたら……いや、だからどうってことはないんだけど。
「ずっとこんな生活をしていたら金銭感覚が狂いそうなので遠慮しておきます」
「あれ、今さりげなく俺のこと否定した?」
「お互い様なのでは?」
中身のない会話にキリを付ける為にベッドを離れる。今何時だろう、チェックアウトまでにシャワーを浴びる時間は残されているんだろうか。
あ、シャワーと言えばあの浴室、当然だけど今もガラス張りなんだよね。入りづらいな。
「俺も寝る前に一度湯船に浸かろうかな」
「え、で、では社長が先にどうぞ」
浴室のことを思い出した私は声をどもらせながら浴室を彼に譲る。
しかしそんな些細な変化にも直ぐに気付いてしまう彼はベッドから降りると私の背後に身を寄せる。
「じゃあ折角だから一緒に入ろうか」
「はっ……」
「まだ浴室がどんなのか見てないんだよな。花は昨日入ったの?」
この人、絶対に浴室の中身を知っている。知っていてこの態度を取っているに違いない。
嫌ですと彼の傍から離れようとするが突然しゃがみ込んだと思うと私の膝の裏に腕を通し、軽々しく抱き上げられてしまった。
「な、ちょっと!」
「折角だし俺も堪能しようかな、花とのスイートルーム」
「っ……」
離してください!と腕の中で暴れるものの彼には全く響いていないらしく、はははと乾いた笑いを漏らしながらその足は浴室へと向かって行っている。
あぁ、やはりこの部屋の鍵を渡されたときに断っておけばこんなことにはならなかったのに。
昨晩、これからは仕事をする上で彼に寄り添うことを心に誓ったけれど、
「(これ以上心は近付けてたまるものか……!)」
私の心は揺るがない。