花を愛でる。
一瞬見直したのに、近くにあったティッシュを手に取り珈琲で汚れた口元を拭く。このままじゃ私のキャラが崩れてしまう。
しかし彼の発言を耳にした母は「まあまあ!」と更にその興奮を高めていった。
「花は昔から少し難しいところもあって、あまり人付き合いが良い方ではないのだけど、向坂さんが言うなら会社でもきっと上手くやっているのね」
「はは、彼女を頼りにしている社員は多いですよ。みんなの見本のような女性です」
褒めるふりをして本当は私のことを蔑んでいるのが彼の発言から分かる。彼が本音を口にしているようには思えない。
このままあることないことを口にして母を惑わされても困る。私は席を立つと隣に座っている社長を見下ろした。
「社長、少しお話が」
仕事の時以上に冷めた声を出すと彼は困ったように眉を下げた。
背後から感じる母親の期待の眼差しを受けながら彼を自室にまで連れ出す。
私が普段から生活している部屋に来た彼は辺りを見渡し、「へえ」と右手を口元に添えた。
「部屋に連れ込むなんて、花ってば大胆なところあるんだね」
「その口、糸で縫われたいですか?」
「怖い怖い」
困ったなあと両手に掌を天井に向けた彼を私は問い詰める。
「何故ここに来たんですか? というか、何のつもりですか?」
「さっきも言ったように花にはいつもお世話になってるからご家族には挨拶しておかないと。それにさっき言われた通り、今日挨拶しないと今後は厳しいかなと」
「別に挨拶は必要ありません。母は……私の仕事には関係ありませんので」
仕事とプライベートを切り離している私からしたら、この家に仕事の関係者が脚を踏み入れている時点で言語道断である。
この人は自分の話はあまりしないくせに、私のプライベートにはしっかりと関わってこようとする。このスタンスは前の秘書のときも同じだったんだろうか。
「とにかくお構いも出来ませんし、今日はお帰りください。母の相手は私がしますから」
「……そう、分かった。顔を見て挨拶できたし、花をからかうのもこのぐらいにしておこう」
思ったよりもあっさりと引き下がった彼を意外に思いながらもやっと解放されるのだと安心から胸を撫で下ろした。
あとは彼が帰った後に母の誤解を解くだけだ。そのことに思考を持っていかれていたからか、目の前から伸びてくる彼の手に対する反応が遅れてしまった。