花を愛でる。
あれ、待って。私が聞き出したいことってこんなことだっただろうか。
私は彼の秘書として、それにふさわしいものであるために社長の理解を深めようと思っていた。しかし咄嗟に口から出てきたのは何故か今朝のあの少女のことだった。
自分の中にある矛盾に頭を傾げていると社長はどこか呆れた様子で小さく溜息を吐いた。
「もうあれはここには来ないからそんなこと考えなくてもいいよ」
「そう、ですか。では今日は何故ここに?」
「……それ、君が知ってどうするの?」
私から見える社長までの距離がどこまでも届かないくらい、いつもよりも遠いような気がした。
その返事に言葉が詰まった私に彼は先手を打った。
「今朝といい、物怖じせずに突っ込んでくるところは君のいいところであるけれど、今後俺の周りの人間については触れないでくれる?」
「……ですが」
「ですが、じゃなく。これは決定事項だから」
彼はそう言うけれど、でも彼だって私のプライベートには土足で脚を踏み入れてくるじゃないか。
勝手に家までついてきて母に挨拶をしたり、前の同僚との関係を疑ったり。だったら何故私に自分の柔らかいところを見せた?
どうして私のことを抱いた?
「(違う、彼が言ってるのはそういうことじゃない……)」
単にこれ以上、踏み込んでくるなと言ってるんだ。表面上で付き合うだけならそれでよくて、それ以上に彼のことを知ろうとすると厚くバリアが邪魔をする。
仕事上の付き合いの秘書であればよくて、都合のいい身体だけの関係がよくて、彼自身の理解者は必要としていない。私はいつからか人として、彼のことを理解したいと思っていた。
だけどその考えすらこの人の前では意味を為していなかったことを知る。
“向坂遊馬”のことを知ろうとしてはいけないんだ。
「申し訳ございませんでした……」
彼が必要としているのは理解ではない。有能な仕事をする秘書と、己の一時の欲望を満たせる身体の相手。ただそれに私が都合のよかっただけ。
そんなんじゃないと言いながらも今自分が一番彼に近い存在なのではないかと勘違いしていた。そんなはずはないのに。
この人は、誰よりも遠くにいる存在なのに。
出過ぎた真似をしたことを深く詫びると「失礼しました」と部屋を後にする。最後まで彼の目を見られなかった私は社長室の扉を閉めるとゆっくりと息と同時に自分のことがどこまでも情けなく思えた。
きっと社長も今の私には失望しているはず。このままじゃいつまで経っても私は一人前の秘書にはなれない。
「(馬鹿だ、私。大事なところで道を踏み間違えた……)」
ただ少しだけ、彼に対する好奇心が働いてしまった。彼と同じ視野に立てばもっと役に立てるのではないかと思ったけど、それこそが自分のことを正当化して本当の目的を見失っていた。
もう同じ失敗は繰り返さない。私はただ秘書という仕事をこなせばいいだけ。
本当に?
「……」
ふと瞼を閉じると、昔聞いた優しくも懐かしい声が頭の中で反復した。