花を愛でる。




社長のご厚意で次の日も仕事を休み、無事に退院した母の世話をすることができた。
母にも直接体調不良に気が付けなかったことを謝罪すると、彼女も私の仕事が忙しいのを見て迷惑を掛けないように無理をしていたらしい。

母と二人で暮らし始めて長かったから自然とお互いに何を考えているのか分かった気がしていた。だけど二人とも見えないところで気を遣いすぎて大事なことも話せていなかった。


『起きたことばかり後悔しても仕方がない。大事なのはこれからをどう生きるかだ』


彼の言う通りだと思う。今私に出来ることは同じ失敗を繰り返さないことだ。



──────────────────
─────────────
─────────



翌日から仕事に復帰した私は社長の計らいのお陰か、ほぼ毎日定時で退勤することが出来た。
まだ本調子でない母の代わりに家事をこなし、私も無理はしないようにと勉強は控えめにし、健康的な生活を心がけた。

一週間後、母はパートの仕事に復帰できるほどに体調が戻り、私も一安心した。
元気になった母に「社長さんに改めてお礼をしたい」と言われ、まだ彼にちゃんとした礼を伝えていないことを思い出す。


「こちらの書類にサインをしていただき、本日の業務は終わりです」

「そう、お疲れ様」


社長室の椅子に腰掛け、目の前の書類に目を通す社長。彼が読み終えるまで待っていようと傍で立っていたが不自然に思われたのか、ペンを持つ手を止めてこちらを見る。


「どうかした?」

「い、いえ、先にサインしていただいて」

「そう?」


滑らかな手つきでサインをするとペン立てにペンを戻し、再び視線を私に戻した。


「で、どうかした?」

「っ……」


最初から私が何かを話していたがっていたことを見抜いていたのか、そう尋ねてきた彼に一瞬たじろぐ。
しかし黙っていては伝えたいことも伝わらない。意を決すると顔を上げて真っすぐに彼の目を見据えた。



< 85 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop