○●雨色ドレス●○
「ちょっとケンちゃん、どうしたの? 母ちゃん早く着替えたいんだけど」


母ちゃんは下げ札をドアにパタンパタンと叩きつけ、「早くドアを閉めろ」と僕を煽った。


「……母ちゃん」


「なぁに?」


「このアルバイトさん達って、今でも働いてるの?」


僕は二枚のタイムカードを母ちゃんに見せた。“あいつ”の名前は下に伏せて。


「当たり前じゃなーい。二人とも確かケンちゃんと年が近いわよ。千葉くんと、あゆちゃん。あら、そういえばケンちゃんの彼女の……あっ、ちょうど今来たみたいね」


母ちゃんが僕の背中の向こうへと、大きく手を振った。


自動ドアが開く音と共に、『僕が今最も聞いてはならない声』が聞こえる。

いや、よく聞くと、語尾の切れ方だとか、テンポとかが若干違う。

実際にはこれは偽物なんだけど。だけど、双子なんだ。僕だって見分けがつくのに半年かかった。

「おはようございます。あっ……上田くん?」

後ろ、振り向けない。

目、見れない。

頭、狂いそう。

神よ、おー神よ!

「おはよう……ございます」


僕が真弓以外に初めて泣かせてしまった女の子。

あれは高校卒業の前日だったかな。
 
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