誰がなんと言おうと砂
「え、奈央、写生うま」
「写生っつかそれ社会科の穂高」
「鼻の下通常の二割り増しでお届けしております」
「顔がえろいー」
「八重」
真剣そのもので描いていた美術の時間、桜の樹。
わたしがいつも通り絵を描いて色を塗るのを躊躇っていたら友人の奈央が肩を叩いた。
「八重、やっぱうまいねー。才能あるよ」
「芸大とか行くの?」
「お金ないし無理だって」
「美術の長谷が八重ぴの絵めっちゃ絶賛してたじゃん。〝榎本の絵は芸術だ…きみの感性に恋してる〟だって。こわかった」
「まじセクハラ」
ねー、と奈央たち数人の女子が笑っていて、わたしが曖昧に頷くと彼女たちは自分の持ち場に戻っていく。なんとも言えない気持ちでそのスケッチを眺めてから、その下に描いていたほんとうの絵をわたしだけが盗み見た。
グラウンドに咲く桜の樹。
人を組み立てた絵です。
大地から人の脚が伸びて、空に向かって手を伸ばし、また足りなくなったらひとが絡み合い、上へ上へと伸びていく。桃色の花は人間の髪の毛で、それぞれが目を閉じ、時に遠くを眺めながら、達観してお互いを見つめている。
これはどう見てもわたしがみた桜の樹。
でも、誰かからしたら狂った人間が描いた異常者の絵。
そのスケッチを一度、美術講師の長谷先生に見られたから、だからややこしいことになったのだ。
正しさは、たぶん、大衆に倣うこと。
はみ出ないこと。足並みを揃えること。
そこから外れてしまったら、わたしはわたしでいられなくなってしまう。
「八重、行くよー」
「あ、うん」
立ち上がり、ひらり落っこちたわたしから見える桜の樹。
それを誰かが拾い上げていたことを、私は知りませんでした。