誰がなんと言おうと砂
ない。ない。どこにもない。
スケッチブックに挟んでいた桜の絵を青褪めた顔で探しているのに、その絵はどこにも見当たらない。慌てふためくわたしの背後では、奈央たちが教室の隅でグラウンドを眺めながら、恋の話に花を咲かせている。
「ね、星田くん、可愛いよね」
「えー、でも年下じゃん」
「身長も高くないし」
「近くで見たことある? 顔めっちゃ綺麗だよ」
やーやー言ってるその声はそっちのけ。八重もー、って腕を絡まれて泣く泣く下を覗くと、グラウンドでジャージにゼッケンを付けた男子たちが、サッカーの授業中だった。
今、私たちも一応は授業中。でも、自習だった。それは古典の福田先生がお腹を壊したからとかで、トイレからなかなか戻って来ないから自主学習に切り替わった。
「顎のほくろがセクシーなの」
「よく見てるねー」
「彼女いるのかな」
「あたしあの猫目がすき」
気が気でない。気が気でない。
わたしの桜が誰かに知られてしまったら、それは公開処刑だ。桜の絵の右端に、わかりにくいけど自分のサインを書いておいた。そこから身元がバレてしまったら、そう冷や汗が首を伝うのに、誰も彼もわかっていなくて、男子の誰かがゴールを決めるとキャー、と黄色い声を上げる。
「ほら今の星田くん。星田くん!」
「やばいー」
「惚れるー」
やあやあ、やあやあ。
時折小さな虫が耳に集るような声で雑音が届き、顔を顰めて、耳は塞げないから耳朶を掴む仕草をする。
そうすると、ぴこ、と机のスマホが通知を受けた。