ロスタイム・ラブ
第3章
コータローからのLINEの内容は、某テーマパークへのお誘いだった。

春休みも終わったのに今行くのか?という疑問を彼に放つと、「だからこそ空いてていいんじゃないか」と彼にしては的を射た返事がきた。

  その日の放課後、彼女にそのことを話した。

「いいなー。私も行きたいなー」

「残念。今回は男だけで行くから。お土産買ってくるよ」

すると、彼女は少し右上を見て、何かを考えているような仕草をした。

おおよそ、何を僕からせびろうかと考えているのであろう。少し待っていると、彼女は嬉しそうな表情で語りかけてきた。

「じゃあ、お土産はチョコクランチとクッキーと…」

「ちょっと待って。1人一個までが常識だよね?」

「そんなの聞いたことない!あとね、キーホルダー欲しいな」

「キーホルダー?」

「そう。二つ組み合わせるとハート型になるやつあるじゃん。あれが欲しい!」

このキーホルダーには見覚えがあった。

確か、コータローが前の彼女と付き合っていた時にその元彼女と片方ずつペアで持っていたものだ。

裏にはメッセージを書くスペースがあり、二つをつなげてハートの形にした時に、文面が浮かび上がってくるという仕掛けだ。

ちなみにそれは、二人がお別れになった時に彼自身の手によって川に投げ捨てられ、今頃は大海原を駆け巡っているのであろう。

「けどあれって、カップルで持つものだよね?彼氏でもできたのか?」

余裕を持って質問したつもりだが、僕の声は少し上ずっていたようだ。

彼女はそれを聞いて少しだけ馬鹿にしたような表情をしてから僕の目を見つめてきた。

「残念。それにもし彼氏ができたとしても他の男からもらうってどうかな?普通はその彼氏からもらうよね?」

「じゃあなんでそんなもの欲しいのさ」

今度は少しだけ期待した顔をして質問を投げかけた。

その顔が面白かったのか、彼女はわざとらしく吹き出し笑いをした。

「ぷっ、何その顔?まあつべこべ言わず買ってきてよ!」

彼女は、持っていたカバンをぐるぐると回し始めた。

「じゃあお土産はそのキーホルダーだけでいいね」

「チョコクランチとクッキーも!」

「そんなに食べたいなら美咲も誰かと行けばいいじゃん」

「じゃあ一緒に行ってくれる?」

「そういうところってそんなにホイホイ行くところじゃないでしょ。そうだな、半年くらい後ならいいよ」

何気ない会話のつもりだった。

しかし、その言葉を聞いた途端、彼女はなぜか悲しそうな顔をした。普段の彼女からはあまり想像つかないような表情だった。

「半年か。それじゃいけないかな」

見たこともない表情をした彼女を見た僕は、今朝の大きな塊が再発する予感を感じ取り、一度大きく息を飲んだ。

「どうして?いこうよ、一緒に」

僕の声は明らかに張りがなく、横を通った散歩中の子犬の鳴き声にかき消されるほどだった。

「いこうよ、一緒に!」

今度は彼女に聞こえるように、大きな声を出した。

その声に少し驚き、はっと我に返った彼女は、いつも見せる笑顔に戻った。

「だって半年もしたら、受験勉強忙しいだろうし、そんな余裕ないでしょ!大丈夫!受験が終わったら一緒にいこう!」

彼女は無理をしている。そんなこと普段の彼女を見ていればすぐにわかった。だけど、僕はそれ以上理由を聞かなかった。

 翌日は、土曜日で学校は休みだった。

新学期が始まったばかりだというのに、これならどうにかして週明けからということでやりくりできなかったのかと思う
学生は多いが、まさに僕もそのうちの1人だ。

前の日の夜に彼女からメッセージが届き、買い物に付き合って欲しいと言われていた。

僕は午前中に所属している軟式野球部の練習試合があり、その後でいいならと返信をすると、「じゃあ応援に行くからそのあと付き合って!」とすぐに返事がきた。

僕は小さい頃から野球をやっている。

甲子園を目指す硬式野球部ではなく.軟式野球部を高校で選んだのは、坊主にしたくなかったからだ。

そんな僕の試合の応援に、彼女は昔からよく来てくれていた。

彼女が応援に来ると僕は緊張してしまい、決まっていいところを見せられなかった。

そんな僕を見て、彼女はいつも笑って励ましてくれた。

彼女は部活には入っていなかった。

部活に入ると、土日に休めなくなるし、僕の応援に行けないからだと言っていた。

それなら、軟式野球部のマネージャーはどうかと誘ってみたが、「なんかマネージャーって媚びてる感じするし」と断られた。

僕がグラウンドから見つめる先には、彼女の姿があった。

淡い黄色のワンピースを着て、じっと一点を集中して見ている。僕の方だ。

この視線が僕の動きを固くさせ、思うような結果を出さてくれないのだ。

まるで、メデューサのようだ。

しかし、そんな悠長なことは言っていられず、センターを守る僕のところにボールが飛んできた。

この一球を取れば勝利が決まる。僕は必死にその白球を追いかける。後少し、手を伸ばせば届きそうだ…。



「試合、残念だったね」

彼女は、ファミレスの大きめのパフェを食べながら少しいたずらっぽく言った。

「あれが取れてたら勝ってたのにね。」

そんなことはわかっている。

僕は最後の一球を取れなかった。

手を伸ばした微かに上を、グラブをかすめてボールは転がって行ってしまった。

「けど、あれはヒット。しっかり審判がそういったんだ。だからあれは仕方なかった」

「別に誰のせいとは言ってないよ?」

「けど、見ていた人はあれを僕が取っていればと思うだろ。けどあれはヒットだ。誰がやっても取れなかったさ」

「じゃあもしイチローでも取れなかった?」

「話が極端だよ。イチローは守備の名手だ」

「じゃあ、大谷だったら?」

「どうだろうね。彼は身長も僕より断然高いし、いや僕だってちゃんとした外野手用のグラブだったら取れていたかもしれないよ」

僕が外野を守り始めたのは3ヶ月ほど前からで、それまではサードやショートを守る機会が多かった。

なので外野手用の長めのグラブを持っていない。

後グラブが数センチ長ければ、あの球は絶対に取れていた。僕はそう確信している。

「ところで、買い物って一体何が欲しいんだい?」

「特に私は欲しいものはないよ」

パフェのイチゴを美味しそうに頬張りながら彼女はこたえた。

「え、じゃあ何を買いに行くの?」

「それはね。君のプレゼントだよ。もうすぐ誕生日でしょ。だから淳平が今一番欲しいものをプレゼントしようと思います」

「なんでもいいの?」

「いや、買うものはもう決めてるんだ。それだよ」

彼女はパフェの最後の一口を食べ終わると、僕のバッグの一番上で顔を出していたグラブを指した。

「グラブ?」

「そう。淳平がもう言い訳できないように、とびっきりのグラブをプレゼントするってさっき決めたの」

正直彼女のこの提案はとても嬉しかった。

僕自身も、グラブを新調しようか悩んでいたが、次の夏の大会が終わればもう使わなくなるかもしれないものをこのタイミングで買うのはどうかと考えていたからだ。

そんなタイミングでこの彼女の提案が飛んできた。いつもは突拍子も無いことを言い出す彼女だったが、今回は実に僕の気持ちを理解したアイデアだった。

そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はそう言い終えると、満足げな顔をして、僕の顔を見た。身長は僕の方が圧倒的に大きいが、その自慢げな彼女の目は威張りちらしているどこかの大統領のように高いところから見下して見えた。


「ごちそうさま!」

ファミレスの会計を済ませた僕を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。

会計は割り勘にしようという彼女の提案に僕は首を横に振った。

それは決して男らしくとかそう言ったやましい感情ではない。普段2人で食事をするときは、いつもは自分の分の会計を済ませるようにしている。

だが、今日だけは訳が違う。

これから、自分へのプレゼントを買ってくれるという幼馴染の女の子に対して、僅かながらの感謝の気持ちを示したかったのだ。

「じゃあ、駅前のショッピングモールのスポーツショップに行くよ!」

彼女はそう言うと、先陣を切って歩き出した。

彼女は普段、少し内股で歩く癖があるが、その時は堂々とした歩き方で、まるでジャイアンが子分を連れて街を練り歩いているかのようだった。


 駅前のショッピングモールは郊外の商業施設らしく、様々なお店が軒を連ねている。

ここを一周すれば大抵のものは手に入るといったところだ。

そのショッピングモールに着くと、入ってすぐのところにある某チェーンスポーツショップに彼女は入っていった。

僕は彼女の後ろをスネ夫のようについて行った。

すると突然、彼女が後ろを振り向いた。

久しぶりに見た彼女の正面からの顔は少し紅潮していて、とても可愛らしかった。

「さあ、きみの一番欲しいやつを教えて。値段は気にしなくていいからね。」

そう言われてもやはり値段は気になる。

僕は、「イチローモデル」と書かれた店長オススメの外野手用グラブを横目に、棚の隅に追いやられていた安めの外野手用グラブを手に取った。

「これかな?」

「どれどれ?なんかちゃっちく無い?これ安物じゃん!こっちのが良さそうだよ」

彼女は僕が渡した安物のグラブを突き返し、イチローモデルのグラブを手に取った。

「これ使えばイチローみたいになれるんじゃ無い?はい、はめてみてよ!」

「でもこれはさすがに高いよ」

そうは言いつつ、彼女からは渡されたグラブを左手にはめてみる。

確かに高いだけある。作りがしっかりしていてフィット感もあり、これなら上手くなれそうだ。

「お、いいね!じゃあこれにしよう!」

彼女は僕の手からグラブを引き剥がして、レジへと持っていってしまった。

会計を済ませると、彼女は誇らしげな顔で戻ってきて、今買ったばかりの紙袋を僕に手渡した。

「はい、ちょっと早いけど、誕生日プレゼント。これ使って上手くなってね」

「ありがとう。けどほんとにいいの?こんなに高いもの」

「大丈夫!貯金、使い切っちゃいたいんだよね」

彼女は少しだけさっきまでより無理に声のトーンを上げたような気がした。

「どうして?お金はいくらあっても困らないでしょ」

「そうだけど、何かこうパーって、高校時代の間の貯金は高校生の間に使い切りたいんだよね」

「そんなもんかね?」

僕は彼女の主張が腑に落ちなかったが、考え方は人それぞれだ。

「じゃあ、12月の美咲の誕生日はもっと良いものをプレゼントするよ」

「いやそれは大丈夫!君はお金を大切にしてください」

彼女はそう言うと、少し寂しげな顔をした。
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