あの日の恋は、なかったことにして
 始業までまだ時間があるので、そのまま猪狩くんの朝食に付き合う。

「なあ、いろんな飲み会に顔を出してるんだって?」
「まあね。人脈作り?」
「ふーん、あの時みたいな目にあっても知らないぞ」
「そんなに東京って、危ない人ばかりなの?」
「危ない人ばかりってわけじゃないけど……」

 すると猪狩くんは、何かを思い出してクスッと笑った。

「このあいださ、桐生社長、めずらしく会議に遅刻したんだけどさ。その理由が、徘徊していたお年寄りを保護して、ずっと付き添っていたんだって」
「へえ、親切!」
「うん。だから、東京だって悪い人ばかりでもないよ。いい人も悪い人も、同じくらい生息してる」
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