あの日の恋は、なかったことにして
 日曜の夜、久々のお誘いがあって銀座に出た。

 路地裏に、ひっそりと暖簾を下げている料亭がある。
 そこが今日の待ち合わせ場所だ。

 一応はおとなしめの格好をしてきたけれど、自分には不釣り合いすぎる場所で緊張する。


「島本様ですね。お連れ様がお待ちです」

 着物をきれいに着こなした女性に案内され、奥の座敷に入る。
 襖を開けると、立派な仕立てのスーツを着た壮年の男性がひとり座っていた。

「久しぶりだね、すず」
「お父さん!」

 父の優しい笑顔を見た瞬間、ホッとしてちょっぴり涙が出た。

「なんだ、相変わらず泣き虫なんだな」
「ちょっとホームシックになってたから」

 父はとても忙しい人で、なかなか会うことができない。
 最後に会ったのは半年以上前。無事に就職が決まって、お祝いをしてもらったきりだ。
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