あの日の恋は、なかったことにして
 楽しく食事をしたあと、父は早々に家路につく。
 父には、別に家庭がある。

「また近いうちに食事をしよう。それと、これを渡しておくよ」

 店を出たあと、父は私に封筒を差し出した。
 中身を確認すると、一万円札が数枚入っていた。

「お小遣いをもらう齢じゃないんだけど」
「いや、返すと言った方が適切だったかな」

 私は会社勤めを始めてからずっと、毎月父にお金を送っていた。
 大学の進学費用を父に出してもらっていたから、それを毎月の給料から返していたのだ。

「借りは作りたくないんだよね」
「そういうところは、母親そっくりだな」

 父は困ったように笑った。

「これまで何もしてあげられなかったんだ。そうだな、返金不要の奨学金だと思ってくれ」
「何もしてくれなかったってことはないよ。私がここまで育ってこられたのは、お父さんのおかげだもん」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 お金は、半ば無理やり受け取らされた。

「たまにコーヒーでも一緒に飲んでくれたら、それがいちばん嬉しい恩返しだ」
「うん。また美味しいもの食べよ」

 父と腕を組んで、キラキラした街を歩く。
 自分で言うのもなんだけど、私は相当なファザコンだと思う。
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