あの日の恋は、なかったことにして
 私は振り返って、正面から猪狩くんの胸に額をうずめた。
 それから、顔をあげて猪狩くんと視線を合わせた。

「キスして」

 猪狩くんが、私の肩に手を置いた。
 私は目を閉じた。

 柔らかな唇が、私の唇に重なった。
 とっても優しく、小鳥のキスのように啄まれる。

 しばらくのあいだ戯れのようなキスを繰り返したあと、顎をくいっと持ち上げられた。
 口が開いた瞬間、上から覆い被さるように深く舌が潜り込んでくる。

「ん……ふ……」

 息ができない。

 猪狩くんの舌の動きに合わせて、私もぎこちなく唇を動かした。

 全身から力が抜けて、崩れ落ちそうになる私の腰を、猪狩くんの力強い腕がぐっと引き寄せた。
 猪狩くんの欲望が高まっているのが、バルローブ越しに伝わってくる。

「もう我慢できないんだけど」
「うん」
< 28 / 78 >

この作品をシェア

pagetop