あの日の恋は、なかったことにして
 それから私は、猪狩くんに自分の生い立ちを話して聞かせた。


 山形で生まれ育った私は、普段は母親とふたりで暮らしていて、父とは年に数回会うだけだった。

 父はとても優しい人で、私は父が大好きだった。
 東京には、会ったことはないけれど、10歳年上の兄もいるらしかった。

 でも、中学になった頃から、父と母の関係に気づきはじめた。
 父には東京に家族がいて、母は愛人。
 自分は愛人の子だったのだ。

 真実を知った私は、荒れた。
 悪い友達と付き合ったりもした。
 すると母は、私のために、父と一切の関係を断つことを決めた。

 母の気持ちを思うと、「父とは今までと同じように、ときどき会いたい」とは言えなかった。
 でも、父を思う気持ちはずっと変わらなくて、いつか父に会いに東京へ行こうと決めていた。
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