あの日の恋は、なかったことにして
「総務課の島本です」
「社長室の、猪狩です」
「猪狩くん!?」

 つい驚いて大きな声を出してしまった。

 慌てて辺りを見回し、誰もこっちに気を留めていないのを確かめると、再び私は電話に出る。

「何やってんの。だめじゃん、会社の電話で連絡してきたら」
「社長がお呼びなので、すぐに11階にいらしてください」
「社長が?」

 なんだろう。社長直々に呼ばれるなんて、はじめてのことだ。

「……わかった。すぐ行くね」
「うん。……あ、すず」
「なに?」
「いや……なんでもない」

 へんなの。なんだかいつもとテンションが違う。


「トイレ行ってきまーす」

 社長の呼び出しなんだから、別に誤魔化さなくてもいいんだけど、なんとなく正直には言いづらかった。
 いつものように、背中に刺さる視線が痛い。
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