あの日の恋は、なかったことにして
 エレベーターを使って11階まで行くと、エレベーターホールで猪狩くんが待っていた。

 スーツ姿に、ネクタイを締めている。
 そして、いつもはゆるく流してある髪の毛が、きっちり整えられていた。

 運転手のときも、一応はきちんとした身なりだけれど、なんだかいつもと雰囲気が違って見える。

 重役しか使わない、11階のフロアにいるせいだろうか。
 それになんだか、表情が硬い。
 
「ついてきて」
「うん」

 少しだけ、嫌な予感がした。
 私のこういうときの勘は、滅多に外れない。

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