あの日の恋は、なかったことにして
「目的は、自分自身が這い上がっていくためです。そのためなら、なんだって利用しますよ」
「父とは、今後も会うつもりなのか?」
「あなたが会うなって言うなら、もう会いません。私の母もそうでした。10年前から会っていないはずです」
「……」


 会社、辞めさせるだろうな。

 そうならそうで、いいかもしれない。
 騙し、騙されるのはもう疲れた。

 もう、すべてをリセットしたい。


「……私は、あなたの存在を父から聞かされてからずっと、一度でいいから会ってみたいと思っていました。だから、こんな形でしたけど、会えてよかったです。……お兄さん」

 社長は返事をしなかった。

「失礼します」

 私は立ちあがり、彼に背を向けた。


 泣くもんか、絶対に。
 私は、母のことを誇りに思っている。父のことも大好きだ。
 けれどその陰で、悲しい思いをしている人がいた。

 そのことを頭の中から消していた私には、泣く資格なんかない。
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