あの日の恋は、なかったことにして
 てっきり山形から新幹線で来るものと思っていたのに、迎えに来いと言われたのは、羽田空港だった。

「お友だちと沖縄に行ってたの~」
「なんで!?」
「本妻と対決するんだもの。モチベーションを上げとかなきゃ」
「モチベーションって……」

 たぶんきっと、遊びたかっただけだ。
 その証拠に、本妻との対決前だというのに、沖縄土産の紙袋を両手いっぱいに持っている。


「それで? 車はどこ?」
「車でなんか来てないよ。モノレールで行こう」
「おかしいわね。迎えを寄越すって言ってたけど」
「誰が?」
「薫くん」
「は?」

 何を企んでいるんだ? ものすごく怖いんだけど。

 嫌な予感は当たる。
 いま一番会いたくない人の姿がそこにあった。

「島本様ですね。桐生社長から送迎を承っております」

 スーツを身に着け、制帽をかぶり、手には白い手袋をはめた猪狩くんは、爽やかな笑顔を母に向けた。

「あらあ♡」

 母が何を考えているのか、わかりすぎてツライ。
 イケメンが大好き。しかも、顔の好みは私とそっくり。

「お荷物はこれだけですか? 車までお持ちしますね」
「そうだ、お土産ひとつ、あなたにあげるわね。沖縄に行ってたの。行ったことある? 沖縄」
「大学時代、友達とダイビングに行ったことがあります」
「きれいよねぇ、沖縄の海!」

 きゃあきゃあはしゃぐ母には、緊張感のかけらもない。

 敵だよ、その人!
 私のことを、社長にチクった張本人なんだよ!
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