あの日の恋は、なかったことにして
「なんで運転手なんかしているの? あなたみたいなイケメンなら、モデルとかにもなれそうなのに」

 すると猪狩くんは、くすっと笑った。

「車が好きなんです。あらかじめ決められたルートじゃなく、自分で道を選んで進めるから」
「まあ、立派ねぇ」
「でも、車しか乗らないから、電車賃の相場とか知らなくて。このあいだも、それで大事な人を傷つけてしまったんです」
「あら、そうなの。誤解、解けるといいわね」
「ありがとうございます」

 ……だからって、2万円はないじゃん。


 私は無言で、窓の向こうを流れていく景色を見つめる。

 価値観の違いなんか、そう簡単には埋められないのだ。
 私は母子家庭で育った人間。
 猪狩くんは、裕福な家庭で育ったうえに、自分の意思で自由に仕事を選ぶことができる。
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