あの日の恋は、なかったことにして
「直に人の話を聞かないと駄目だな、と、あのとき僕も学びました」
「どういう意味なの？」
「思い込みや先入観で人を判断してはいけないということです。僕はどうも、先に情報収集をして、それだけで判断するようなところがあって」
「社長さんですもの、情報をしっかりチェックするのは大事でしょう。でも、それと同じくらい、実際に見聞きすることも大切よね」
「最高責任者であっても、やはり現場の意見は聞かんとな」

　仕事の話にうまく持っていってもらえたので、ホッとする。


　そうこうしているうちに、食事が運ばれてきた。
　季節の懐石料理は彩りもきれいで、話題は自然と料理のことに移っていった。



　あらかた食事も済んだあと、母は笑いながら私に言った。

「ここからは大人の話だから、若い人は若い人同士、外にでも行ってらっしゃい」

　お見合いじゃないんだから、という返しは、ここでは飲みこむ。
　子供には聞かせられない話を、これからするということだ。

「じゃ、私たちは席を外しますね。終わったら連絡してね、お母さん」
「了解っ！」

　母は強い人だ。なんなら、私なんかよりもずっと。
　娘を守るために、母はここまでしてくれる。だから私は、片親だということを卑下したことはない。

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