あの日の恋は、なかったことにして
 私の膝の上で、猫が体をにょーんと伸ばした。

 猫がいなかったら、こんなシリアスな話に耐えられなかった。
 逆かな。
 猫が場を和ませてくれているから、桐生社長も秘密を打ち明けようと思ったのかもしれない。


「僕は、母が父と結婚するまえにできた子だ。戸籍上は実子になっているけど、血はつながっていない」

 なんだか、養子だということよりも深刻な話じゃないか?

 桐生社長のお母さんは、結婚前に、父以外の誰かの子供を身ごもったということになる。
 それは、好きな相手と結ばれなかったということで、好きじゃない人と結婚しなければならないということでもあって。

 私は、いわば不倫の結果できた子供だ。
 罪の比重はこっちのほうが絶対に重い。

 けれど、背負っているものは、向こうの方が大きいのではないだろうか。


「……そのことは、いつ知ったんですか?」
「僕が10歳のときだった」

 ああ、そうか。私が生まれた時だ。

 自分が父の本当の子ではないと知って、それでも一緒に暮らさなくてはいけなくて。
 この人や奥様は、どんな気持ちで桐生家で過ごしてきたのだろう。

 私のことは、桐生家では公然の秘密だったと言っていたけれど、彼自身の出生のことは?
 もし仮に、誰にも責められなかったとしても、周りに対して疑心暗鬼になっていたのではないか。
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