あの日の恋は、なかったことにして
   ***

 午後5時ジャスト。
 会社のアラームが終業時刻を告げる。

 少し前までの私なら、まっ先に「おつかれさまでしたー」と言って席を立っていただろう。
 けれど私の机の上では、まだカタカタとキーボードが鳴り続けていた。


「え? 島本さん、まさか残業!?」

 小柳さんが、信じられない、という風に言った。

「早めにやっておきたい案件があって」
「……あ、そう。明日槍でも降らなきゃいいけど」

 小柳さんだけでなく、ほかの社員も私が残業していることに驚いているようだった。


 みなさん、会社では残業するのが当たり前だ、と勘違いしてやいないですか?

 仕事は終業時間内に終わらせるべきもの。
 終わらないということは、要領が悪いか、サボりか、無理な量を課されているかのいずれかなのだ。

 私はいつも、与えられた仕事はきっちりこなしている。
(量を増やされそうな気配を感じたら、さっさと逃げるけど)
 だから非難される筋合いはない。


 じゃあ今はどうして残業しているのかというと、仕事を頑張ったらご褒美がもらえるからだ。

 持つべきものは、企業のCEOや会長をしている身内。
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