お願い、あと少しだけ
今日は一緒にランチ
翌日、エレベーターホールで偶然に弘樹と奈緒子が会った。

「昨日は遅かったの?私、すぐ寝ちゃったけど」

「あぁ・・・ちょっとな。眠いよ」

「今日、お昼、一緒できる?新しくオープンした定食屋さんがあるの」

考えてみたら奈緒子と一緒にランチしたことはないかった。今日が最後のチャンスだ。

「いいな。行こう。いろいろ喋ろうな」

「うん」

奈緒子は涙を浮かべていた。日曜の最終の新幹線で弘樹は大阪だ。それまで、出来るだけ一緒にいたい。

奈緒子が6階の総務部で降りる。

「じゃあ、お昼休みに1階のホールでね」

「ああ」

弘樹も8階の開発部で降り、今日も気合を入れて頑張るぞ!と思った。

その日の昼、弘樹はハンバーグ定食、奈緒子はから揚げ定食を食べながら、

「奈緒子・・・横浜で、いっぱい、いっぱい、写真撮ろうな。思い出もいっぱい作ろうな」

奈緒子はなんだか弘樹がずっと帰ってこないんじゃないか、という不安にかられた。

「弘樹・・・2週間に1回は帰ってくるのよね?本当よね?」

「あたりまえだろ。でも、横浜までって中々行かないだろ?帰って来たら、奈緒子と近場でのんびりしたいし・・・」

弘樹は真剣に説明したつもりだ。奈緒子を不安にさせるつもりは全くなかった。でも、事実、不安にさせてしまった。今の奈緒子はガラスの心を持っている、と弘樹は思った。どうしたら、奈緒子の心を守れるだろうか。

「奈緒子・・土曜の夜、奈緒子のアパートに泊まってもいいかな?」

弘樹は思い切って聞いた。

「それって・・・」

奈緒子は、赤くなってうつむいた。奈緒子のこんな純なところが好きだ、と弘樹は思った。

「早すぎる、かな?」

ずっと一緒にいた、弘樹。同期会で仲良くいろんなことを語り合った弘樹。むしろ、遅いくらいだろう。

「ううん、そんなこと、ない。私も・・・弘樹と一夜を過ごしたい」

「奈緒子・・・」

愛しげに奈緒子を見つめる弘樹。その視線を感じて奈緒子は、

「ひ、弘樹。そろそろ戻らないと」

時計の針は12:45を指していた。奈緒子の化粧直しの時間もある。

「そうだな」

2人で自然に手をつないで歩いた。会社の仲間に会うかもしれない。でも、構うもんか。大切なのは、奈緒子との今の時間だ。
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