ちよ先輩のてのひらの上。
こんな風にからかわれたときの上手な返しなんて、私は知らない。
お兄ちゃん以外の男の子の手の感触だって、知らなかった。
だけど……。
私と出会う前のちよ先輩の隣には、別の女の子がいたんだ。……それも、ちゃんと、彼女として。
先輩は私以外の女の子を、知っている。それが悲しくて、寂しくて、……嫌でしょうがない。
仕方のないことなのに……。
私の心は、まるで物分りの悪い子供のように、ジタバタと駄々をこねていた。
「——ひなちゃん」
今まで黙って聞いていたちよ先輩が、囁くように私の名前を呼んだ。
「もし、知りたいなら、……教えてあげようか?」
投げかけられた言葉に、私は思わず、濡れた目を先輩に向けた。
「どういう、意味ですか……?」
一度緩められていた手の力が、再び込められる。
「ひなちゃんが、……俺と比べて、知らないことが多い自分を、恥ずかしいって思うなら……」
先輩は握った手を、自分のほうへと引き寄せた。
「——俺が、教えてあげるよ」
優しい先輩の瞳。
私をまっすぐに見据えていたその瞳が、……ゆっくりと、下へと降りた。
私の唇あたりで止まったその視線に、心臓が締め付けられたような感覚が襲った。