イザベル・アルザス公爵令嬢の誤算 〜婚約破棄を狙ったら婚約者の性癖が開花した〜
 学園祭準備中もろくに生徒会の仕事をせず、アデルバードに近付くミネットへ嫌がらせをしていたブリアンナの行動は風紀委員が収集していた。

 表立って口にはしなくとも彼女に対して快く思っていない生徒会役員は多い。
 冷めた目で彼等は二人のやり取りを見守っているというのに。

「確かに、冷たいイザベル嬢よりも私の方が相応しいですわね。今すぐお父様に伝えてそのように」
「必要ない」

 勢いよく開いた生徒会長室の扉の音と、アデルバードの声がブリアンナの言葉を遮った。

「君の声は生徒会長室まで聞こえて来た」
「申し訳ありません、殿下?」

 瞳を輝かせてアデルバードを見上げたブリアンナの表情が凍り付く。

「イザベルに代わり私と婚約する、だと? 君の婚約者はどうするのだ?」

 普段は柔和な口調で、優し気な眼差しをブリアンナへ向けてくれるアデルバードは、別人の様に冷たい視線で彼女を見下ろす。

「ご心配されなくても、婚約者はお父様にお願いして破談にしてもらいますわ」
「く、はははっ」
「で、殿下?」

 肩を震わして嗤い出したアデルバードに対して、ブリアンナは戸惑い助けを求め周囲を見渡す。
 生徒会役員達は呆れと憐みを込めた視線をブリアンナへ向け、彼女を助けようとする者は誰もいなかった。

 一頻り嗤ったアデルバードは、イザベルの側まで歩むと腕を軽く掴んだ。

「イザベル、下らない冗談は止めてくれ」
「冗談ではありません」

 冷たく言いイザベルは横を向く。
 婚約者の座を本気で譲る気だったイザベルに肩を竦め、アデルバードは侮蔑の視線をブリアンナへ向けた。

「いずれは使えるようになる、と思っていたがとんだ見込み違いだったな。ライクス公爵の推しもあり、イザベルの後を継げる生徒会役員になるかと思い目をかけていたが、それを勘違いして生徒会役員の仕事を怠るどころか私の婚約者になるだと? はっ、ここまで愚かだったとは」

 初めて向けられるアデルバードからの敵意を感じ取り、ブリアンナは恐怖のあまり震え出す。

「君にイザベルの後は任せられない。今すぐ生徒会役員を辞めてもらおう」
「そんな……私は殿下のことをずっとお慕いしているのに、イザベル嬢ばかり優遇されて狡いですわ」
「狡い? 勘違いしているのは君だろう。イザベルは努力を怠らず学園のために尽力しているのだ。それに私はイザベルを愛している。イザベルを傷付ける者は私が全力で排除しよう」

 アデルバードの手が下がっていき、逃げようとするイザベルの腰を抱く。

「あら? わたくしに苦手意識を抱いていたのではなかったですか?」

 目撃者が居なければ密着するアデルバードの足を踏んでやるのに。イザベルは腰を撫でる不埒な手の甲を軽く抓る。
 力いっぱい抓るのは危険だと判断し、力加減は彼が悦びで恍惚とならないように調節した。

「普段は冷たいのに、時折可愛い反応をするイザベルが好きなのだ」

 力加減を調節したのに、アデルバードはうっとりと蕩ける笑みで言い、イザベルの全身に鳥肌が立った。

「気持ち悪い!」と叫びたいのを我慢して、腰を離そうとしないアデルバードを無視することにしたイザベルは、床にへたり込んだブリアンナを保健室へ連れて行くよう生徒達へ指示を出した。



 生徒会の打合せ後、王太子専用執務室へ連れて来られたイザベルは、テーブルを挟んで向かい合わせに座ったアデルバードを睨む。

「で、どういうつもりですか?」
「何のことだ?」

 彼の下らない企みのせいで、またもや生徒達から悪役令嬢と噂されていると知り、怒りが沸々と湧き上がる。

「わたくしの後任に、という理由でブリアンナ嬢を気にかける振りをして、彼女をその気にさせていたでしょう? 冷たくされた時の彼女の様子から、殿下は自分に好意を持っていると信じていたと思いますよ」

 わざとイザベルに見せ付けるように、馴れ馴れしく擦り寄るブリアンナへ優しく接してしていたのは生徒会長としてでもなく、王太子だからではない。
 その気になったブリアンナが流行りの小説になぞり、気に入らないミネットを利用してイザベルの悪評を広め、悪役令嬢に仕立てようとしていたのは分かっていた。

 涼しい顔をしているアデルバードは、ブリアンナのやっていることを全て分かっている上で彼女をその気にさせていたのだ。
 清廉潔白だと周囲から思われてる王太子は、本当に質が悪い。
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