イザベル・アルザス公爵令嬢の誤算 〜婚約破棄を狙ったら婚約者の性癖が開花した〜
2.分かり合えない二人
婚約者がいるのに他の女子生徒と触れ合うなど、不貞を疑われてもしかたない行為を見せ付けてくれた王太子アデルバード。
特に取り乱すこともせず、冷めた目を婚約者へ向けていたイザベルには秘密があった。
大陸沿岸部に位置するエルモア王国、王家の傍流であるアルザス公爵家長女イザベル・アルザスには、前世の記憶というものを持っているのだ。
前世の記憶が蘇ったのは十歳の頃。
イザベルの母親と従姉妹でもある王妃主催のお茶会に参加した時だった。
「子ども達だけで遊びなさい」と母親達に言われ、渋々同い年の貴族の子どもやアデルバード王子の後ろをついて行った庭園でやることになった。
嫌々参加したボール投げの遊び中、アデルバードが投げたボールがイザベルの顔面へ当たった衝撃でそのまま後ろへひっくり返って地面へ倒れた際、運悪く庭石に後頭部を強打して昏倒したのだ。
頭部への衝撃で前世の記憶が蘇るとか、何ともありきたりな展開だが、そのおかげで両親から甘やかされ培った我儘な性格は大分矯正出来たと思う。
前世のイザベルは貴族階級など存在しない国で暮らし、仕事に生きがいを見出しているような女性だった。
記憶が蘇ってから今までの振る舞いを反省したイザベルは、以前なら嫌がっていた勉強もきちんと受けるようになり周囲を驚かせた。
将来は兄の補佐として、前世の知識を活用し領地を盛り上げようと夢見る。
前世で得た一般的な教養と知識を身に着けたイザベルの評価は、我儘で癇癪持ちの娘から才女へと変わるのにそう時間はかからなかった。
将来有望な聡明な美少女は王妃の目にも留まり、本人不在で仲の良い母親同士で話を進められていき、気が付いた時には第一王子、後の王太子の婚約者となってしまった。
ボールをぶつけられた時に謝って貰えず、乱暴な王子という印象を持った相手と婚約しても嬉しくはない。
そして、納得できないまま始まるお妃教育。
はっきり言って、社会人として仕事をしていた前世の記憶があったからこそ、王妃によるお妃教育とその後に設けられていた、好きでもない婚約者との交流時間に耐えられたと思う。
朝から深夜まで働いた社畜の記憶があったからこそ耐えられた。モラハラ上司との胃が痛くなる会話に比べればアデルバードとの時間は天国だった。
十歳の子どもの精神のままではとても耐えられなかっただろう。
しかも、苦手意識を持った相手に恋慕の感情など抱けるわけはない。これは仕事だと割り切って、将来は領地ではなく国政を支えることを目標にした。
そして、苦手意識を抱いているのは王子も同じだったのだろう。
自分が投げたボールが原因で女の子に怪我をさせてしまい、イザベルが負った頭部の傷からの出血は激しく、辺り一面が血に染まったというから幼い子どもは大きな衝撃を受けたはず。
アデルバードにしたら、怪我を負わせた罰で婚約させられたようなものだ。
婚約者となって初めて顔を合わせた時から素っ気無く、交流の時間もイザベルから話しかけなければ会話も成り立たたないのだから、彼もトラウマ並みの苦手意識を抱いているはず。
全く歩み寄れないまま月日は流れ、王立学園へ入学する頃にはイザベルと王子は婚約者とは名ばかりの、最低限の会話しかしない、廊下ですれ違っても視線すら合わせない関係となっていた。
✱✱✱
サイドテーブルの上にある置時計を見て時刻の確認をしたイザベルは、眠たい目を擦り読み途中のページに栞を挟むと小説を閉じた。
「平民から王子様の恋人になり、批判していた他の生徒達も悪役令嬢の嫌がらせのおかげで徐々にヒロインに同情していく、か。きっと最後には王子様と結ばれるわね。夢見るお年頃の女子は憧れる話だわ」
婚約者を奪われ高いプライドを傷付けられて、ヒロインに嫌がらせをする苛烈な貴族令嬢とは異なり、婚約者に恋慕の感情を抱いていないイザベルからしたら、嫉妬や苛立ち以前に好きな相手と仲良くしているのは純粋に羨ましい。
お妃教育や生徒会の仕事で忙しい自分と代わってもらえるのなら、綺麗にラッピングした王子をミネットへ贈りたいくらいだ。
清い男女交際で踏みとどまっていただければ、気が済むだけ仲良くお付き合いすればいい。
「万が一を考えて、王妃様に報告をして監視を付けてもらいましょう」
イザベルと婚約したままの状態で一線を越え、二人に子どもが出来てしまうと大きな問題になる。貴族達と王家との間に亀裂が生じかねないのだから。
特に取り乱すこともせず、冷めた目を婚約者へ向けていたイザベルには秘密があった。
大陸沿岸部に位置するエルモア王国、王家の傍流であるアルザス公爵家長女イザベル・アルザスには、前世の記憶というものを持っているのだ。
前世の記憶が蘇ったのは十歳の頃。
イザベルの母親と従姉妹でもある王妃主催のお茶会に参加した時だった。
「子ども達だけで遊びなさい」と母親達に言われ、渋々同い年の貴族の子どもやアデルバード王子の後ろをついて行った庭園でやることになった。
嫌々参加したボール投げの遊び中、アデルバードが投げたボールがイザベルの顔面へ当たった衝撃でそのまま後ろへひっくり返って地面へ倒れた際、運悪く庭石に後頭部を強打して昏倒したのだ。
頭部への衝撃で前世の記憶が蘇るとか、何ともありきたりな展開だが、そのおかげで両親から甘やかされ培った我儘な性格は大分矯正出来たと思う。
前世のイザベルは貴族階級など存在しない国で暮らし、仕事に生きがいを見出しているような女性だった。
記憶が蘇ってから今までの振る舞いを反省したイザベルは、以前なら嫌がっていた勉強もきちんと受けるようになり周囲を驚かせた。
将来は兄の補佐として、前世の知識を活用し領地を盛り上げようと夢見る。
前世で得た一般的な教養と知識を身に着けたイザベルの評価は、我儘で癇癪持ちの娘から才女へと変わるのにそう時間はかからなかった。
将来有望な聡明な美少女は王妃の目にも留まり、本人不在で仲の良い母親同士で話を進められていき、気が付いた時には第一王子、後の王太子の婚約者となってしまった。
ボールをぶつけられた時に謝って貰えず、乱暴な王子という印象を持った相手と婚約しても嬉しくはない。
そして、納得できないまま始まるお妃教育。
はっきり言って、社会人として仕事をしていた前世の記憶があったからこそ、王妃によるお妃教育とその後に設けられていた、好きでもない婚約者との交流時間に耐えられたと思う。
朝から深夜まで働いた社畜の記憶があったからこそ耐えられた。モラハラ上司との胃が痛くなる会話に比べればアデルバードとの時間は天国だった。
十歳の子どもの精神のままではとても耐えられなかっただろう。
しかも、苦手意識を持った相手に恋慕の感情など抱けるわけはない。これは仕事だと割り切って、将来は領地ではなく国政を支えることを目標にした。
そして、苦手意識を抱いているのは王子も同じだったのだろう。
自分が投げたボールが原因で女の子に怪我をさせてしまい、イザベルが負った頭部の傷からの出血は激しく、辺り一面が血に染まったというから幼い子どもは大きな衝撃を受けたはず。
アデルバードにしたら、怪我を負わせた罰で婚約させられたようなものだ。
婚約者となって初めて顔を合わせた時から素っ気無く、交流の時間もイザベルから話しかけなければ会話も成り立たたないのだから、彼もトラウマ並みの苦手意識を抱いているはず。
全く歩み寄れないまま月日は流れ、王立学園へ入学する頃にはイザベルと王子は婚約者とは名ばかりの、最低限の会話しかしない、廊下ですれ違っても視線すら合わせない関係となっていた。
✱✱✱
サイドテーブルの上にある置時計を見て時刻の確認をしたイザベルは、眠たい目を擦り読み途中のページに栞を挟むと小説を閉じた。
「平民から王子様の恋人になり、批判していた他の生徒達も悪役令嬢の嫌がらせのおかげで徐々にヒロインに同情していく、か。きっと最後には王子様と結ばれるわね。夢見るお年頃の女子は憧れる話だわ」
婚約者を奪われ高いプライドを傷付けられて、ヒロインに嫌がらせをする苛烈な貴族令嬢とは異なり、婚約者に恋慕の感情を抱いていないイザベルからしたら、嫉妬や苛立ち以前に好きな相手と仲良くしているのは純粋に羨ましい。
お妃教育や生徒会の仕事で忙しい自分と代わってもらえるのなら、綺麗にラッピングした王子をミネットへ贈りたいくらいだ。
清い男女交際で踏みとどまっていただければ、気が済むだけ仲良くお付き合いすればいい。
「万が一を考えて、王妃様に報告をして監視を付けてもらいましょう」
イザベルと婚約したままの状態で一線を越え、二人に子どもが出来てしまうと大きな問題になる。貴族達と王家との間に亀裂が生じかねないのだから。