イザベル・アルザス公爵令嬢の誤算 〜婚約破棄を狙ったら婚約者の性癖が開花した〜
一瞬固まったアデルバードの瞳が大きく見開かれる。
「だって、今の殿下は気持ち悪いですもの」
他の生徒と違うからという物珍しさから、ミネットへ心動かされたことを素直に認めたのは潔いと思う。だが続く言動は、自分の台詞に酔っているちょっと気持ち悪い青年にしか見えない。
自分の台詞に酔っている証拠に、彼の股間は未だに自己主張したままなのだ。
手を握られた時、偶然下を見てしまったイザベルの気持ちは一気に氷点下まで下がった。
「女性から罵られたり蹴られたいのでしたら、玄人の方にお金を払ってやってもらってください。残念ながら加虐趣味は持ち合わせていません」
その道の玄人ならば、興奮を高めるのに効果的な罵り方やあまり痛くない加虐方法を知っているだろう。
「……駄目だったんだ」
「え?」
まさかの返答に、イザベルの体温が気持ちと同様に下がっていく。
「イザベルでないと、私の体は反応しない。私をこんな体にしたイザベルには、責任を取ってもらわねばならない。だから、王太子を暴行した罰として、婚約を解消せずに卒業後すぐに結婚してもらう」
ポッと音を立てて頬を赤らめたアデルバードへの気持ち悪さが沸騰寸前まで湧き上がり、イザベルの全身に何度目かの鳥肌が立つ。
変態と結婚するだなんて絶対に嫌だと、何度も首を横に振った。
「罵られて悦ぶとか、そんなに気持ち悪い人と結婚したくありませんわ! 性癖を知っても受け入れてくれる素敵な女性に、そのイチモツを踏んでもらってください! とっとと離れて変態!!」
胸を押しても退いてくれないアデルバードに苛立ち、イザベルは彼の左足を力いっぱい踏みつけた。
踏みつけた瞬間、アデルバード痛みとも違う声で「あっ」と呻いた。
「ああ、くっ、そんな目で見られると、もうっ」
細めた目元を赤く染めたアデルバードは、恍惚の表情で前屈みになり息を吐く。
「はぁ、はぁ、イザベルッ」
前屈みの状態から倒れるようにして、イザベルの首に顔を埋めたアデルバードの荒い息が首筋にかかる。
彼がどんな状態になっているのかは、箱入りの貴族令嬢だったらきっと分からない。
しかし、それなりに経験を積んでいた前世の記憶が有るイザベルにはアデルバードがどうなってしまったのか、恍惚の表情や太股に感じる彼の股間の状態から分かりたくも無いのに分かってしまった。
「ひぃ、いやああああ!! 変態ぃ―!! 離れてー!! 触らないでぇ!!」
絶叫するイザベルは凭れ掛かるアデルバードの肩を両手で叩く。
「嫌がられていると思うと、うっ」
肩や背中を叩かれているアデルバードは、退くどころか嬉しそうに彼女の首筋に顔を擦り付けた。
バンッ!
「殿下! 何事ですか!!」
部屋の外で待機していた護衛騎士は扉を開き、室内の光景に目を丸くした。
執務机に押し付けられ涙を流しているイザベルに覆いかぶさるアデルバードの姿は、明らかに同意なしで無理矢理彼女を襲っているようにしか見えない。
しかも、叩かれているのに頬を赤くして悦んでいるのは、彼等が護衛している普段は冷静沈着の王太子。
初めて見るアデルバードの姿に、騎士と侍従は戸惑い近付くのを躊躇する。
「助けてぇ!」
「はっ! 殿下!?」
助けを求めるイザベルの声で我に返った騎士と侍従によってアデルバードは引き剥がされ、彼等に引き摺られて隣室へ連れて行かれたのだった。
✱✱✱
学園祭当日、昨夜のことは無かったかのように振舞うアデルバードに警戒しつつ、イザベルは自分に課せられた仕事を淡々とこなしていた。
そして迎えた後夜祭開始前、一人で会場へ向かう気でいたイザベルを迎えに来たアデルバードから手渡されたのは国王からの書状。
急いで書いたと思われる国王直筆の書状には、「今回のアデルバードの行動は不貞とは認められず、婚約の解消は出来ない」「本人も反省しており、今後不安にさせる行動はしないと国王とアルザス公爵の前で誓いも立てた」「イザベルを安心させるために、結婚を早めたいと考えている」と書かれていた。
婚約は解消されるどころか、結婚の時期まで早められてしまうとは。こうなってしまっては逃げられない。
書状を読み終わったイザベルの体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。
学園の創設時、当時の国王が寄贈した豪華シャンデリアが光り輝くホールの壇上には、燕尾服を着たアデルバードと夜会用のドレスで着飾ったイザベルの姿があった。
生徒会長として後夜祭の開始の挨拶とするアデルバードの晴れやかな顔と比べてイザベルの表情は固い。
生徒達の見詰める中、挨拶を終えたアデルバードに手を引かれてイザベルは壇上から下りる。
「では、踊ろうか」
「……はい」
力なく頷いたイザベルの腰を抱き、アデルバードはホール中央へ向かった。
「本当にお似合いのお二人ね」
「おかしな噂もあったけれど、殿下のあのご様子ならただの噂だったんだな」
楽団が奏でる音楽に合わせて踊るアデルバードとイザベルの二人は、御伽噺から出て来た王子様とお姫様のように輝いていた。生徒達は羨望の眼差し送り、曲が終わり一礼をした二人に盛大な拍手が送られた。
踊り終わっても、イザベルの腰を離そうとしないアデルバードの手の甲を軽く叩けば、彼は嬉しそうに笑う。
(罵られて喜ぶなら、ミネットさんを真似して甘えてみれば冷めてくれるかしら? いいえ、無理だわ。変態な面を見てしまったのに甘えるだなんて、気持ちが悪いもの。諦めて受け入れてみる……いいえ、罵られて悦ぶ男を受け入れられるの?)
歩くときに必要以上に密着し、足を踏まれたがるような相手との夫婦生活を想像してみて、背中に冷たいものが走りぬける。
引きつる笑顔を不自然に見えないように気を付けながら、イザベルはどうにかしてアデルバードから逃げられないかと考えを巡らすのだった。
✱✱✱
これにてイザベルの誤算もとい、性癖開花編は終話となります。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
オマケの話で完結となります。
「だって、今の殿下は気持ち悪いですもの」
他の生徒と違うからという物珍しさから、ミネットへ心動かされたことを素直に認めたのは潔いと思う。だが続く言動は、自分の台詞に酔っているちょっと気持ち悪い青年にしか見えない。
自分の台詞に酔っている証拠に、彼の股間は未だに自己主張したままなのだ。
手を握られた時、偶然下を見てしまったイザベルの気持ちは一気に氷点下まで下がった。
「女性から罵られたり蹴られたいのでしたら、玄人の方にお金を払ってやってもらってください。残念ながら加虐趣味は持ち合わせていません」
その道の玄人ならば、興奮を高めるのに効果的な罵り方やあまり痛くない加虐方法を知っているだろう。
「……駄目だったんだ」
「え?」
まさかの返答に、イザベルの体温が気持ちと同様に下がっていく。
「イザベルでないと、私の体は反応しない。私をこんな体にしたイザベルには、責任を取ってもらわねばならない。だから、王太子を暴行した罰として、婚約を解消せずに卒業後すぐに結婚してもらう」
ポッと音を立てて頬を赤らめたアデルバードへの気持ち悪さが沸騰寸前まで湧き上がり、イザベルの全身に何度目かの鳥肌が立つ。
変態と結婚するだなんて絶対に嫌だと、何度も首を横に振った。
「罵られて悦ぶとか、そんなに気持ち悪い人と結婚したくありませんわ! 性癖を知っても受け入れてくれる素敵な女性に、そのイチモツを踏んでもらってください! とっとと離れて変態!!」
胸を押しても退いてくれないアデルバードに苛立ち、イザベルは彼の左足を力いっぱい踏みつけた。
踏みつけた瞬間、アデルバード痛みとも違う声で「あっ」と呻いた。
「ああ、くっ、そんな目で見られると、もうっ」
細めた目元を赤く染めたアデルバードは、恍惚の表情で前屈みになり息を吐く。
「はぁ、はぁ、イザベルッ」
前屈みの状態から倒れるようにして、イザベルの首に顔を埋めたアデルバードの荒い息が首筋にかかる。
彼がどんな状態になっているのかは、箱入りの貴族令嬢だったらきっと分からない。
しかし、それなりに経験を積んでいた前世の記憶が有るイザベルにはアデルバードがどうなってしまったのか、恍惚の表情や太股に感じる彼の股間の状態から分かりたくも無いのに分かってしまった。
「ひぃ、いやああああ!! 変態ぃ―!! 離れてー!! 触らないでぇ!!」
絶叫するイザベルは凭れ掛かるアデルバードの肩を両手で叩く。
「嫌がられていると思うと、うっ」
肩や背中を叩かれているアデルバードは、退くどころか嬉しそうに彼女の首筋に顔を擦り付けた。
バンッ!
「殿下! 何事ですか!!」
部屋の外で待機していた護衛騎士は扉を開き、室内の光景に目を丸くした。
執務机に押し付けられ涙を流しているイザベルに覆いかぶさるアデルバードの姿は、明らかに同意なしで無理矢理彼女を襲っているようにしか見えない。
しかも、叩かれているのに頬を赤くして悦んでいるのは、彼等が護衛している普段は冷静沈着の王太子。
初めて見るアデルバードの姿に、騎士と侍従は戸惑い近付くのを躊躇する。
「助けてぇ!」
「はっ! 殿下!?」
助けを求めるイザベルの声で我に返った騎士と侍従によってアデルバードは引き剥がされ、彼等に引き摺られて隣室へ連れて行かれたのだった。
✱✱✱
学園祭当日、昨夜のことは無かったかのように振舞うアデルバードに警戒しつつ、イザベルは自分に課せられた仕事を淡々とこなしていた。
そして迎えた後夜祭開始前、一人で会場へ向かう気でいたイザベルを迎えに来たアデルバードから手渡されたのは国王からの書状。
急いで書いたと思われる国王直筆の書状には、「今回のアデルバードの行動は不貞とは認められず、婚約の解消は出来ない」「本人も反省しており、今後不安にさせる行動はしないと国王とアルザス公爵の前で誓いも立てた」「イザベルを安心させるために、結婚を早めたいと考えている」と書かれていた。
婚約は解消されるどころか、結婚の時期まで早められてしまうとは。こうなってしまっては逃げられない。
書状を読み終わったイザベルの体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。
学園の創設時、当時の国王が寄贈した豪華シャンデリアが光り輝くホールの壇上には、燕尾服を着たアデルバードと夜会用のドレスで着飾ったイザベルの姿があった。
生徒会長として後夜祭の開始の挨拶とするアデルバードの晴れやかな顔と比べてイザベルの表情は固い。
生徒達の見詰める中、挨拶を終えたアデルバードに手を引かれてイザベルは壇上から下りる。
「では、踊ろうか」
「……はい」
力なく頷いたイザベルの腰を抱き、アデルバードはホール中央へ向かった。
「本当にお似合いのお二人ね」
「おかしな噂もあったけれど、殿下のあのご様子ならただの噂だったんだな」
楽団が奏でる音楽に合わせて踊るアデルバードとイザベルの二人は、御伽噺から出て来た王子様とお姫様のように輝いていた。生徒達は羨望の眼差し送り、曲が終わり一礼をした二人に盛大な拍手が送られた。
踊り終わっても、イザベルの腰を離そうとしないアデルバードの手の甲を軽く叩けば、彼は嬉しそうに笑う。
(罵られて喜ぶなら、ミネットさんを真似して甘えてみれば冷めてくれるかしら? いいえ、無理だわ。変態な面を見てしまったのに甘えるだなんて、気持ちが悪いもの。諦めて受け入れてみる……いいえ、罵られて悦ぶ男を受け入れられるの?)
歩くときに必要以上に密着し、足を踏まれたがるような相手との夫婦生活を想像してみて、背中に冷たいものが走りぬける。
引きつる笑顔を不自然に見えないように気を付けながら、イザベルはどうにかしてアデルバードから逃げられないかと考えを巡らすのだった。
✱✱✱
これにてイザベルの誤算もとい、性癖開花編は終話となります。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
オマケの話で完結となります。