あの夜身ごもったら、赤ちゃんごと御曹司に溺愛されています
なんなの要所要所で私をドキドキさせて……絶対わざとだ。
「もう、そういうのやめて。じゃないとあなたを諦められなくなる」
「だったら諦めるな。俺も翼を諦めない」
「いやよそんなの」
悲しい結末が待っているのは分かってるじゃない。
すると彼の顔がゆっくりと近づいてきた。唇は今にも触れそうなほど近くて、これじゃあ——
「俺が翼の歯止めを外してやるよ」
抵抗する間も無く、彼は私にキスをした。
この感触覚えてる。
初めて本能が好きだと感じた、あの日のキスと同じだった。
こんなのずるい。
私が忘れようとしている思いを全て思い出させる。
彼の柔らかい唇の感触、そして私の口内に滑り込む彼の舌先。
キスだけで体が熱って、感覚が麻痺する。
「翼……」
キスの合間の吐息まじりの甘いささやき。
払い除けることだってできるのに、私はそれができない。
好きな気持ちが溢れて、彼の温もりが私の心を満たす。
だから嫌だったのよ。
私の意思なんてキスひとつで脆く崩れる。
いや、キスするまえから崩れていた。
それを気づかないフリして意地を張っていた。
彼が私のものにならないから……。
だが、その瞬間、我に返った。
どんなに好きでも、越えられない壁がある。
そう、現実は全く甘くない。
そう思った途端、私は唇を離し、彼との距離をとっていたのだ。
「翼?」
「現実……みようよ」
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