きみはわたしの地獄
しばらくすると良いにおいがしてきた。お気に入りの香水とはちがう。大好物の野菜炒めのにおい。オイスターソースでただ火を通すそれが運ばれてきた頃には涙が止まっていた。
「……」
にんじんの切りかたがバラバラなところ。キャベツが大きいところ。茄子も入れるところ…我が家のそれと同じ。ここまで同じ。なんなの、本当に。
「ごはんは大好きなやわらかめだよ」
「…勝手に使わないでくれる?」
「おいしければいいでしょ。さ、食べよ」
同じお茶碗が二つ並ぶ。きっとこいつが自前で持ってきたんだろう。気持ち悪くてわかる。
得体のしれない何かといっしょに食べる絶妙な大好物。
「…あんた、何が目的なの…?」
あ…まつげは、こいつのほうが長いかもしれない。マスカラが塗ってあるからわからないけど、たぶんそう。爪のかたちも違った。ネイルは同じだけど。
「目的というか、願いというか……」
そうつぶやきながら、そっと目が合う。
鏡だ。
だけど、わたしとは違って、意思を持った強い瞳だった。
「わたしは城木澄春に成りたい」
それは、顔が同じだからだろうか。それとも…。
「…わたしなんかになったって良いことなんてないと思うけど」
「そんなことないよ。毎日しろちゃんの洋服とかをおそろいにするの、すごい楽しいねえおっぱい何カップ?ちゃんと知って同じのつけようと思ってるんだ」
「答えるわけないでしょ、気持ち悪い」
気持ち悪い、もう全部やめてほしい。そう言いたかったのに、わたしよりもずっと楽しそうに生きているみたいな笑顔に、何も言えなくなった。
その夜、なぜかそいつはわたしの家に泊った。同じパジャマに頭痛がして、ベッドに入ってこようとする個体を蹴り飛ばして、ただはやく眠ることだけを考えたかったけど、眠れなかった。
ぼんやりとした意識の中、朝方そいつが出て行った音を聴いて、やっと意識を手放した。